アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

克服奮闘記3

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近所の風景


やりたいことがある。

それは、日本一周ひとり釣り旅。
それは「今すぐ!」と言う訳ではないが、必ず実現させるつもりでいる。
スタイルは、今流行りの車中泊をメインとしたものになるだろう。

私自身、「釣り」そのものに対して特別な思い入れがある訳ではなく、それこそ行かない時は全然行かない。ただひとつ言えることがあって、それは私の人生にもし「釣り」が無ければ、今、こんな風にアトピーを乗切ることが出来なかった。と言うことだ。

もちろん、釣りに行くことで直接アトピーが治った訳ではない。

そうではなくて、私にとっての「釣り」はある意味、避難場所と言うか、精神的にも肉体的にも行き場を失った自身を守ってくれるシェルターの如く、それは家族とか友人達とはまた別の意味での「救い」であった。

真っ赤な顔をして、恥ずかしくて、悔しくて、情けない。

そんな屈辱的な日々を何とか生きてこれたのは、釣りをしている間の時間だけがその屈辱的な時間の全て帳消しにしてくれる程ではないにせよ、少なくとも埋め合わせてくれる程度に作用していたことは間違いない。

その後、案の定と言うか、アトピーが完治してから釣りに行く回数は減った。

もう少し正確に言う.と、自分が生きている中で比較的順調な時には釣りに行かず、何らかの迷いやトラブルを抱えた時ほど釣りに行く。このパターンが続いた。

さて、

では何故、釣りに行くことで私は救われたのか?

正直、この件に関して当時はあまりよく分かっていなかったのだが、今ならそれがハッキリと分かる。そして応用することもできる。

それは大自然の中でのんびり時間を過ごしたことが影響したとか、確かに、そういう一面はあるだろう。しかし本当の所はこうだ。

私は中学生の頃からそうなのだが、釣りに行く時だけは真剣に事前に準備をして、釣り場に到着したら「魚を釣る」ことだけに全神経を集中する。それは普段、勉強に対する私の姿ではなく、またその後の仕事に向き合う私の姿とも違う。

とにかく釣り場に到着するや否や、冷静に淡々と作業を進める。
ロッドにリールを固定して仕掛けにエサを付けて投入するまで、ラインのトラブルを起こさないよう、細心の注意を払って淡々と作業を進める。

勿論、それ以外の情報、例えば潮の満潮&干潮等は調査済み。

このようにひとつひとつ自分の動作(所作)に注意を払っていると、不思議と心が安定してくる。で、心が安定すると言うことは、同時に自身を客観的に観察できている証拠でもあるのだが、当時はまだそのことの意味、重要性には気付いていなかった。

冷静でいること。醒めた(冷めたではなく)心で自身を客観視できること。

医療機関だとこのような話は一蹴されるかもしれないが、アトピーのような慢性病と闘う場合、私はこのような精神上の経験はかなり有効だと思っている。

アトピーを治す際、「医者任せにせず真剣にアトピーと向き合いなさい」等と言われることがある。しかし真剣に治したいなら、向き合う相手は「アトピーではなく自分自身」だと私なら思う。

真剣に自分自身と向き合っていれば、当然、人のアラを探している時間はない。

ここが本当に言葉や文字では伝わりにくく、また誤解を招く箇所なのだが、自分自身と向き合うと言うのは、本当に今、自分のやっていることに気付いている言う意味だ。

針にエサを付けているなら、それ以外のことを考えず、それに集中。
お茶碗を洗っている時も同じ。クルマを運転している時も同じ。

一見、アトピーとは何の関係も無いように聞こえるかもしれないが、こーゆうところが実は盲点なのだ。事実、アトピーの情報だとデドックスとか最近ならファスティングの話が多いが、それはそれで正しい一方、こういうものが基本にないと心が追い付かず挫折する。(事実、私はそうだった)

日本一周ひとり釣り旅。

今度はアトピーを治すのではなく、もっといろんなことに気付けますように。