飛鳥旬のブログ

自分のアトピーは自分で治そう!

いきものとしての人間

f:id:asuka-atopi:20220410162529j:plain

                 サンセット

今、いきものがかりの「SAKARA」がラジオから流れている。

素直に「いい曲だな」と思う。

さて、それはさておき、


アトピーを治すために、またアトピーを治した後からも健康を維持するために心掛けていることがある。

いや、これは「心掛けている」と言うよりは、むしろアトピーを治す過程の中で自然と身に付いたことなのだが、それは「生き物としての人間」と言う視点だ。

人は、この地球上で生きている他の動物と同じ生き物(生物)である。

この視点から、少なくとも自分は食生活で踏み外すことが少なくなったし、年末年始とかに踏み外した場合でも、比較的早いタイミングで修正できるようになった。

例えば、

誰かが、「アトピーを治したい!」となったとする。

すると過去の自分がそうであったように、大抵の人はこんな風に考える。

「何が悪いのか?」
「どうすればいいのか?」と。

で、同時に、大抵の人はここに行着く。

「何を食べればいいのか?」
「何を食べなければいいのか?」

間違いではない。

事実、食生活は「アトピー完治」の鍵を握っている。なので食生活を無視したままアトピーを治すのは困難だ。

では逆に、

「何を」
「どれだけ」
「どのタイミングで」

食べればよいのか?

このことを「完璧に理解した人」なら確実に治せるのか?

意外とそうでもない。

何故か?

理由はいろいろある。

が、私が思うに、

「何を食べればいいのか?」
「何を食べなければいいのか?」

これは、方法論である。

で、「アトピーを治す」と言うような問題に直面した場合、その解決方法として「方法論」とか「ノウハウ」と呼ばれるものより、「原理・原則」に従う方が結果を残せる。と言うのが私の経験則である。

「方法論」とか「ノウハウ」はダメだと言っている訳ではない。

そうではなくて、アトピー治療に関する限り、まずこの世界の根底にある原理原則を抑えておく方が得策だと思うのだ。その方が「相性が良い」と言ってもいい。

その原理・原則が、「いきものとしての人間」と言う視点。

これである。

で、この視点からすると、

「何を」
「どれだけ」
「どのタイミングで」

食べればよいのか?

なんて疑問が生じること自体、「どーなんだ?」となる。

何故なら、

野生の動物にとっては一食や二食、「食べられない」なんてことは日常茶飯事だし、事実、日本でも一般庶民に1日3食が定着したのは戦後からだ。

この現実を鑑みれば、昼食が食べられなかったからと言って、別に騒ぐほどのこともなくなる。と言うか、昼食にありつけなかった見返りに夕食がすこぶる美味しくなる。

そう。昼食を抜けば夕食は美味い! 

それは「お腹が減っている」からである。空腹だからである。

で、現実的な問題として、本当にお腹が減っている時、空腹で「食べたい!」時、私達は何を選んで食べるのだろう?

肉・魚・野菜・ご飯? 

それとも

チョコレート、ケーキ、アイス?

「何を」
「どれだけ」
「どのタイミングで」食べればよいのか?

このような疑問に対して誰かの方法論やノウハウに従わなくても、原理・原則だけで、答えは自ずと見えて来るのではないか?

いや、この瞬間、

原理・原則は、方法論やノウハウをはるかに凌駕している。


何故、人間には足があるのか?

原理・原則からすれば、それは「歩くため」である。

足は、歩くためにある。

ちなみに、人間以外のいきものは普通、1日8時間も椅子には座らない。

では、自動車ばかり使って「歩かない」生活習慣が定着すれば?

足腰が弱って、腰痛やヘルニア等、そんな流れになるのではないか?

くどいようだが、これが原理・原則。「自然の理」である。


自分の経験からすると、アトピーを始め慢性疾患と呼ばれるものの大半は「いきものとしての人間」を意識した生活をするだけで、大きく改善する。

何故なら、

それは原理・原則に従っているからだろう。

あるがまま

f:id:asuka-atopi:20220403155635j:plain

                    三重県熊野市の磯崎漁港

定期的に海に行きたくなる。

20代の頃、アトピーから逃避したくて一日中海で釣りをしていた。

眠っている間でさえアトピーから開放されることはなく、むしろ釣りに専念している時間だけが「救い」であるかのようだった。

「違う・・」
「これは本当の自分の姿ではない」
「こんなものがオレの人生である筈がない・・・」

何度も何度もそう思った。

では、「どうすればよいのか?」

どういう訳か、その具体的な解決策とは向き合えなかった。

グルグルグルグル・・・・。

「違う・・」
「これは本当の自分の姿ではない」
「こんなものがオレの人生である筈がない・・・」

同じ思考の繰り返し。

この類の思考と一緒に生きるのは辛く、とにかく消耗する生き方だった。

が、抜け出せない。

それはまるで『見えない深い穴』に落ちたようなもので、ただ同じ場所でもがき疲弊しているだけ。グルグルグルグル・・・・。

当時の私は、何もかもリセットしたくて仕方なかった。

アトピー、仕事、人間関係。

全て一度白紙に戻して、そこからやり直したい気持ちで一杯だった。

あれから30年。

当時、よく通っていた釣り場の景色は変わった。

と同時に、自分自身の変化にも気付く。

今の自分はアトピーではないし、仕事や人間関係さえリセットどころか根底から違ってしまっている。(もう亡くなってしまった人とは会話さえできない)

で、何が一番変わったかと言えば、それはリラックスしていられる状態が増えたことだが、実は、このことはアトピーを治した時の経験が大きく影響している。

人生には、いろんな出来事が起こる。

それは肩こりや腰痛と言った類の出来事から、それこそ身の危険を感じるような出来事まで様々だ。が、破滅的な出来事はさておき、日常生活で起こる多少のトラブルや事故に対しては、何が起ころうと「気にしない」。

そう。気にしない。

これがアトピーを治す過程で学んだ、私の人生の教訓である。

事実、これまで生きてきて思うのは、大抵のことは「問題ない」である。

と、エラそうなことを書いている自分が、この先例えば「破産」したり余命を宣告されるような「不治の病」を宣言されたらどうなるのか?

取り乱して、ニュースに取り上げられるような事件を起こしてしまうのか、それともリラックスした状態のまま、平然と現実を受け入れるのか?

ホント、どうなるのだろう?

が、多分、その時は「海に行く」が第一選択肢。だと思う。

理由はよく分からないが、多分、そこにはいつも「あるがまま」があるからだ。

「そのままでいいんだよ」
「あるがままでいいんだよ」

海の、そういう感じがたまらなくいい。

ところで、

じゃ、「あるがまま」でいいなら、アトピーのまま人生を過ごすのも悪くない?

いや、いや。
否定はしないが、答えはノーだ。

今が苦しければ苦しい程、答えはノーだ。

その理由は単純。

アトピーが治れば、そこから先は「アトピーの無い人生」があるからだ。で、その現実、経験、体験は直接的なものであるが故、誰かに教えて貰ったものはないが故、今後の人生に必ず活きる。

健康面の分野だけでなく、もっと他のことにも。

自分が、「あるがまま」の大切さを得たように。


本当の幸福ってなんだ?

f:id:asuka-atopi:20220327154948j:plain

            桜が咲いた!

久々の投稿である。

次女の大学入試、高校時代の同級生との再会、同級生(幼なじみ)に対する諸々のヘルプ、そして読者の方々へのアトピー指南と、相変わらず多忙な時を過ごしていた。

一方、身体の方はどうかと言えば、60歳を過ぎてからも体調は良い。

「快食」「快便」「快眠」。

自分に関する限り、アトピー全盛時の20代より今の方がはるかに元気である。

で、元気と言えば、つい先日、こんな出来事があった。



「お前、雰囲気変わったな~!」

そう言われたのは、高校時代の同級生との再会時。

35年ぶりの再会で「雰囲気変わったな~」もどうかと思うが、他の2名からもそう
言われると、「そうかもな」とも思う。

その理由は、やはりアトピー

当時、私のアトピーは自分が想像していた以上に彼らに印象を残したようだ。

いや、厳密に言うと、彼らの印象に残っていたのは「アトピーの私」ではなく、「アトピーを気にしている私」「アトピーに悩み、苦んでいる私」らしい。

彼らによると、当時の私はいつも物思いに耽っていて、いつも「心、ここにあらず」の状態だったらしく、そう言われるといちいち思い当たるふしはある。

なんせ35年ぶりの再会である。

当然、「お前、雰囲気変わったな~!」も不思議ではない。

私はなかば、強制的にそう思うことにした。

ところが、

同じ同級生の次のコメントで、私を一機に上機嫌になった。

「お前、雰囲気は変わったけど、体形は全然変わってないなー」

「そうそう。そこをもっと観ろ!」

思わず、私は心の中でそう叫んでいた。事実、私の体形’(身長&体重)は高校二年生から変わっていない。

つまり、アトピーが完治したことで内面は大きく変化した一方、外見上の変化はほぼ無いに等しい(顔と手のシワは別として)

では、同級生の方はどうか?

誰かの漫談で聞いたことある気がするが、

「昔は希望で胸がはち切れそうでした!」

から、

「今は脂肪でお腹がはち切れそうです・・・」

に変わっているではないか。

で、ついでに、

「収入は上がらない」「上がるのは血糖値とコレステロール値ばかり・・・」

と、これも誰かの漫談の通りである。



で、私が「収入は俺も同じ」。「血圧が上がらないだけマシじゃないか?」とフォローを入れると、すかさず「血圧は元々高いから」と取り付く島がない。


「人間、年を取ると話題が健康のことばかりになる」

誰かがそう言っていたが、これは事実かもしれない。

ちなみに、

この同級生達は皆、私からすると「良く出来る優秀な奴」ばかりで、事実、日本人
なら誰もが知っている有名大学に現役合格後、これまた誰もが知っている有名企業
に就職した。

「これから、こーゆう奴らと人生での『差』が付いていくんだろうな・・・」

その『差』が何か?深く考えることも無く、当時の私は漠然とそう感じていた。で、この思いは、彼らと会って酔いがまわるまでそのまま継続されていた。

「三高」。

これは自分達の世代が結婚するタイミング、つまりバブル期に女性が結婚相手を探すひとつの基準となったものだが、「高身長」はさておき、「高学歴」と「高収入」は自分にはなく彼らにはあったものだ。

で、これまた裏付けのない漠然とした思いながら、「彼らは幸福な筈」だった。

ところが、実際はそーでもなかった。

ちなみに、この類の話はその場の雰囲気を盛り上げるために自虐ネタとしてその本人が自作自演するケースもあるが、今回はそうではなかった。

と言うか、わざわざ自虐ネタを披露するような年齢でもない。

経済的に不自由なく、社会的な地位もあり、家庭的にも問題ない(ように見えた)。
そんな人間が幸福ではない理由ってなんだ?

すると、同級生のひとりが言った。

「さみしいんだよ」
「自分の人生に寂しさを感じる」と。

「・・・・・・・」

これには正直、応えようがない。

で、今後、自分がそんな心境に陥るのかどうかも分からない。が、私の場合、自分がアトピーになり、そのアトピーに苦しみ、そのアトピーを治し、そして現在に至る様々な過程を経て今、思うことがある。

それは例えば、

財産とか仕事とか他人の評価とか、そーゆうものだけを求めて、自分の存在価値や存在意義と言う視点で自己を確認、認識しなかったら、自ずと寂しさは常に自分自身の中にあって離れない気がする。

事実、これは実験可能なのだが「今日は一日だけ他人との関係、利害だけを意識して過ごしてみよう」と思って実際やってみると、結果は直ぐにでる筈だ。

しんどい。

で、この「しんどさ」も表面的なものとして「あーあ、疲れた」程度で済むならならまだしも、その根底に無意識の頑張りなんかがあって、潜在化すると厄介なことになる。

で、実際、しんどくなったらどーするのか?

実際、同級生との会話でも、そんな話題になった。

で、私の答えはキッパリ。

「考えないようにする」

そう。考えない。
これが私のやり方。とてもシンプルなのだ。

考えるから、いや、考えるからこそ、いろいろ厄介な思いが浮かび、それと自分が同一なように思えてくる。そもそもそれを考えなければ、それは「ない」ことだ。

すると、同級生から反論を食らう。

「おいおい。そんなこと無理だろ」
「考えない訳にはいかないのだから・・・」

が、私は思うのだ。

「確かに、人間は考えることなしには生きてはいけないし、事実、考えることそのものは悪いことではない。だが、考えると寂しくなると事前に分かっているのに何故考える必要があるのだ」

実際、多くの場合、私達が悩み、苦しんでいる時には「考え」ているのではない。その本質的なことの周囲をグルグル回っているだけなのだ。

これは、自分がアトピーの時、もう嫌と言う程経験した。

話は変わるが、実際に自分で直接的な経験をしないままアタマで「考えた結果」を重要視すると、世界的な惨事を招くケースもある。

「こうすれば、きっとこうなる」

私自身、ついついそんな風に考えてしまう。

が、私は最初から自分の「考え」とか「信念」とか「信条」なんてものを信じないようにしている。そんなものには何の実体もないからだ。

だから、できるだけ何でも自分で試してみることにしている。

そして、他人の評価ではなく、そこに自分の存在価値、存在根拠的なものを求める。

すると、意外かもしれないけど、「寂しさ」なんてはあまり感じないものだ。

将来的なことは分からないけれど、今の自分はそんな気がする。


時代は変わった=アトピーは自分で治すもの

f:id:asuka-atopi:20220129203801j:plain

                  ひと休み

久々の投稿である。

久々の投稿となった理由は次女の受験で、センター試験を控えた彼女が年末年始からずっと、私の部屋を独占しているからだ。(今も)

本人曰く、「ここが一番静かで落ち着く」

一方、自室を独占された私の方はたまったものではない。

一応、スマホタブレットは持っている。が、自慢じゃないがブログの配信はパソコン以外でやったことがない。と言うか、やり方を知らない。

と言うことで、

読者の方々からのお問合せやご質問メールに対しては、次女の休憩中や入浴時の隙を狙って送信する始末。これから始まる私立大学の受験&国公立大学の二次試験を控え、この状況はまだもう少しの間続きそうだ。

と言う訳で、

このブログも限られた時間の隙間を狙って書いているのだが、実はわたくし、昨年の10月から皮膚科に通院している。

その理由は「水虫」。

どういう訳か左足親指の爪にピンスポットで水虫菌が感染したらしく、その治療のために駅前の皮膚科に通院しているのだが、今、改めて「皮膚科に通院する」ことの大変さを痛感している。

で、何が大変か?

まず「予約」である。

私の通う駅前の皮膚科の場合、平日の午後は4時半からネットで予約が取れるのだが、仕事柄、4時半ジャストにネットに向かうことは困難である。

その結果、早くても4時35分とか4時40分に予約を入れることになるのだが、すると、どうなるか?

その時点で大抵、30人から40人の「順番待ち状態」になっている。

で、自分が30人待ちの状態だと分かっても、じゃ一体、何時に皮膚科に到着すれば良いのか? これがさっぱり分からない。

するとどうなる?

大抵は早めに到着して、時間を調整する結果となる。

当然の流れである。

で、これまでの例では18時の到着で19時の診察開始や、18時半の到着で19時半の診察開始と言った具合に、この1時間の調整時間が想像以上に苦痛だったりする。

この時間帯。つまり夕食前の時間帯の過ごし方は難しい。

「夕食、食べて帰ろうか?」
「それとも我慢して家で食べようか・・・」
「いや、その間を取って軽~く少しだけ食べておこうか?」

と言った感じで、結局、たこ焼き屋さんで時間調整。なんてことになる。

で、治療の話だが、具体的に何をするかと言えば、患部を診て、血液検査(ひと月に1回)をして、処方箋を貰う。以上である。この間、時間にして約5分。

通院は原則2週間に1回。

これを半年間の間繰り返すことになる訳だが、では半年間、この治療を続けると、爪の水虫はキレイさっぱり治るのか?

結論から言うと「治らない」。

それは過去3か月の経過状況から予想がつくし、実際、医師もそう申しておられる。

半年から1年。

足の爪の水虫が完治するには、これ位の時間が掛かるのが普通だ。

治療そのものは決して難しいものではない。
また治療法もほぼ確立されている。(と、私は思う)

だが、「続かない・・・」

で、そう判断した私は昨日。本日、別の皮膚科を訪れてみた。

それは駅前ではなくローカルな医療ビルの一角にある皮膚科だが、結論から言うと、少なくとも私の水虫治療に対しては、こちらの皮膚科が正解だった。

何が正解か?

①電話予約だけで待ち時間は自宅で過ごせる。通院時間は車で約10分。
②通院は月に1回。血液検査(肝機能検査)は2か月に1回。

以上2点だが、これなら無理なく1年でも通院可能なのだ。

当然、初診の今日は丁寧な説明があった。

写真付きのイラスト解説で、上記治療で大丈夫な理由もキチンと説明された。で、私が一番感動したのは医師の次のコメント。

「足の爪の水虫は基本的に時間が掛かります」
「でも、このパターンの症状は時間を掛ければ治ります」
「ところが、患者さんの負担が大きいと継続できない」
「事実、継続できずに挫折される患者さんは多いのです」
「だから当院は、できるだけ患者さんの負担を軽減します」

このコメントを聞きた私の感想はこうだ。

「時代は変わった・・」

私は、アトピーだった頃のことを思い出していた。と同時に、ふと我に帰った。

「これは水虫だからこうなのだ・・・」
アトピーならこんな風にはいかない・・・」と。

そう。アトピーは水虫とは訳が違うのだ。

アトピーは一定期間、とにかく頑張って、我慢して通院さえすれば治ることが保証された疾患ではないのだ。

と、そこに思いが到達した時点で、再び我に帰った。

「でも、全然大丈夫!」

何故って? 

それは「時代が変わった」から。
アトピーは自分で治せる時代になった」からである。

特別な治療なんて必要ない。お金なんて掛かんない。
日々の生活の中で当たり前のことを当たり前にキチンと継続する。

これでアトピーが治ることは、もう時代が証明している。

私は、その生き証人である。



もろもろ思うコト

f:id:asuka-atopi:20211204161049j:plain

           ライトアップされた御堂筋


コロナが下火になった途端、あちらこちらから会食のお誘いが来た。

小学校の同窓生、高校の野球部の同僚、職場の後輩、中学時代の友人等々。

気付けば、週末のスケジュールは12月初旬まで一杯になっていた。

久々に、大阪ミナミの繁華街を歩いた。

「大阪ミナミ」の名前はそのままだが、それを構成しているひとつひとつの店舗やテナント、高層ビルは変化していた。

「あれ?」
「ココって前、何やった?」

新しいショップを見るたび、そこが以前は何屋さんだったのか思い出せない。

コレって多分、人も同じなのだろう。

飛鳥 旬

名前は変わっていない。

が、自分を構成しているひとつひとつの細胞や思考は常に変化していて、その記憶は断片しか残らない。

10代。
中2で母が急死。その直後にアトピーと診断されて以来、良い思い出は殆どない。
あの頃、家庭は貧しい訳でも裕福な訳でもなかったが、周囲の雰囲気からなんとなく「勉強はしておいた方がいいな」程度のことを漠然と考えていたように思う。

20代。
好きな彼女が出来て付き合うようになって、結婚した。そして二人の子供ができた。その間もずっとアトピーは悪化し続けた。当時、日本経済はバブル期。だが自分はカネや地位、名誉なんかとは無縁の人間だと思った。

30代。
33歳でアトピーを治した。これには京都高雄病院の江部康二医師との出会いが大きいのだが、当時の私は「オレが」「自力で」「治した!」の意識が強く、またこの事実を誰かに知って欲しい願望がいつもあった。

40代。
アトピーが治って万々歳!」と思いきや、人生なんてそんなもんじゃないことを知る。一方。この頃からインターネットが本格的に普及、メールマガジンで「告白!体験者が明かすアトピー克服の鉄則!」を配信したところ、全く予期しないほとの反響に驚くと同時に、読者の方々とのやり取りが自分の人生の宝物として今も続いている。

50代。
アトピーになって良かった」と思えることなんて何一つ無いが、アトピーを治すことで得た教訓がこの年代で活きていることを知る。事実、私は20代より50代の方が元気で、ステロイドのリバウンド中に思った「オレ、50歳まで生きれるのかな?」は杞憂に終わった。

60歳。
不思議な感覚だ。「私」とか「自分」とか「オレ」とか、そーゆう感覚がどんどん薄くなっていく。それは言葉で表現するのは難しいが、自分と他人、自分と自然の垣根が消える、そんな感じが続いている。で、友人や知人と一緒に過ごす時間は楽しいのだが、独りで過ごす時間もまた楽しい。独りでも全然寂しくはないのだ。それは家族がいるからとか、家庭があるからとか、そーゆう理由でもなさそうだ。その証拠に20代の私には「寂しさ」が常にあったから。


ある大学の理事長が逮捕された。

その人は私から見れば「カネも地位も名誉も財産も」あるように映る。が、もしかして、この人には「充足感や安心感、心の自由」は無かったのか?

満たされない心。空虚。
その空虚な心のまま、自分を満たしてくれる何かを求め続けたのか?

「移り行くもの、過ぎ去ってしまうものの中に真実を見出すことはできない」とは誰の言葉だったか?

忘れた。
が、そんな言葉がふと思い浮かんだ。


先週、後輩から「還暦祝い」と称して一万5千円のステーキをご馳走になった。

後輩曰く「大阪ミナミでは『浜村淳さん』ご用達のお店です」。

とても美味しかった。(ありがとうF君。君はいいやつだ。)

で、今日は家族でワンカルビの焼肉の食べ放題へ。

こちらも美味しかった。

で、食べ放題の料金が60歳から安くなっていた。

こっちも、一緒に美味しかった。

二重構造

f:id:asuka-atopi:20211010215206j:plain

再び十津川へ

素晴らしい好天に恵まれた週末。

慌しい日常を離れて十津川の大自然に身を委ねていると、ふと不思議な感覚に陥ることがある。

川のせせらぎ。
風にそよぐ木々の音。

そんなシンプルな現実にただただ寄り添っていると、どういう訳か「私」とか「自分」と言った感覚が薄れる。と同時に、普段なら次から次へと押し寄せてく「思考」の波が静止する瞬間にも気付く。

だが、普段の自分は違う。

「得?」「損?」
「良い?」「悪い?」
「好き?」「嫌い?」
「効率的?」「非効率?」

常に「判断」し「思考」している。

多分、こういった類の「判断」や「思考」は生きる上での必須なのだろう。

例えば、

「安全?」「危険?」

この判断基準が曖昧だと、人は生存自体が脅かされてしまう。

飼い猫は安全だが、野生の虎は危険。
体温は37度以下なら安全だが、それ以上はマズイ。

だから、

自分はいつも判断している。

「高い?」「安い?」
「美味い?」「不味い?」
「カッコいい?」「カッコ悪い?」

判断。思考。
書き出せばキリがない。

が、その一方で、

もし人間にとって本当の意味での「自由」があるなら、多分、そこに到達する術はこの「判断」や「思考」の延長線上にはない気がする。

あらゆるものから解放された自由が、「判断」や「思考」の延長にある筈がない。

では、

「本当の自由なんて無いのか?」と言えば、「そんなことはない」と私は思う。

これを体験した人の数は少ない。
世界中を見渡してみても、極めて少数。

が、その「自由」(境地)を獲得した人は確実にいると私は思う。

では、どうすればその「本当の自由」は獲得できるのか?

その答えは、今の私にはわからない。

が、ヒントになるキーワードはある。

それは、「手放す」。


「手放す」
「手放す」
「手放す」

生身の人間にとって、これほど難しいことはないだろう。

事実、自分自身がそうだ。
日々、やっているのは真逆のことばかり。

執着する。握りしめる。追い求める。
いや、なんなら独占したい。何もかも。ホントにキリがない・・・。

なので、自分はもう「手放す」なんて諦めた。
自分には無理なのだ。

その証拠に、いくら「手放す」をやってみても、結局は「手放せない自分」に気付くだけ。そしてそこに執着するだけ。

なのことはない。

それはただ「手放す」を追い求め、執着しているだけなのだ。

で、ある日、私は気付いた。

この構造(カラクリ)は一種のワナだ。

で、そんな構造(カラクリ)に陥るくらいなら、自分は十津川に行く。

川のせせらぎ。
風にそよぐ木々の音。

そんなシンプルな現実にただただ寄り添っているだけで、どういう訳か「私」とか「自分」と言った感覚が薄れる。と同時に、普段なら次から次へと押し寄せてく「思考」の波が静止する瞬間にも気付く。

これは、全く違う構造(カラクリ)ではないか?

この瞬間、自分は別世界にいたではないか?
(と、その最中ではなく後になって気付く)

この感じ(境地?)を言葉や文字で表現するのは困難だが、とにかく自分のような普通の人間でさえ、違う構造の中の世界にいることはわかるじゃないか。

もしかして、お坊さんの修行(座禅とか)ってこーゆうこと?

いや。それはよくわからない。

が、ひとつだけハッキリ言えること、それは「満たされている!」と言う感覚。
(いや、これも言葉にすると微妙にニュアンスが違ってしまう・・・)

「自分でもいいし、自分でなくてもいい・・・」

この構造の中でこの「満たされ感?」を知ってしまえば、「良い」とか「悪い」とか、「損」とか「得」とか、そーゆう判断そのものがあまり重要ではなくなる。


ところで、このような体験を続けるとどうなのだろう?

「生きていてもいいし、死んでも大丈夫」

となるのか?

それはわからないが、少なくとも「死」に対する恐怖は薄らぐ気はする。

ただハッキリしていることがあって、それはアトピーを治した時のように、また腰痛や肩こりを治した時のように、この道には「はい。これで終了!」と言う「終点」がないことだ。

一方、共通している点もあって、それはやはり「自分で」だと思う。

 

 

「べき論」は不毛

f:id:asuka-atopi:20211003195942j:plain

十津川村のキャンプ場


久々に十津川を訪れた。

「コロナ騒動が落ち着くまで・・・」と自粛していたら、あっという間に一年が経過。

今回は妻と娘も行くと言うので、久々にキャンプ場で昼食を取ることにしたのだが、その様子は数十年前のスタイルから「良い意味」で大きく様変わりしていた。

まず客層。

家族連れは勿論、女性だけのグループや男性だけのグループ、若いカップルもいればそうでないカップルもいて、中にはバイクツーリング姿の渋~い中年男性等、人数や年齢も様々だった。

それに加えて、スタイルも様々。

我家のように「ちょっと森林浴でも・・」的な日帰りスタイルもあれば、「キャンプオタク」を連想させるガッツリ派もいた。また「もう何日連泊してるの?」と思われる定住派?や、一杯だけのコーヒーをじっくり楽しむスタイルの人もいた。

誰もが好きなスタイルで、自分に合った楽しみ方をしている。

「いいな・・・」

と、そう思った矢先、

お隣のテントから二人の男性(年齢不詳)の白熱した討論の様子が伝わってきた。

「なんだなんだ?」

嫌でも聞こえるその内容を推測するに、それはどうやらキャンプ場で飲むコーヒーカップの素材が「ステンレス製」か「チタン製」かの論争だったようだ。

お互い、そこには確固たるスタイルのあるのがよくわかる。

そしてお互いの主張はどちらも正論であり、どちらも非の打ち所がなかった。

「それにしても・・・」である。

そもそもキャンプ場でコーヒーを飲むだけの話なのだ。そこに「カップの素材は○○であるべき」などと言う、「べき論」は要るのか?

それより、

今、「この瞬間を楽しむ」方がいいじゃないか?
今、「このコーヒーの香りを楽しむ」方がいいじゃないか?

と、第三者的な目線で客観的な判断が下せる訳だが、じゃ、自分がアトピーの時はどうだったのか振り返ると甚だ疑問である。

「~するべき」
「~しなくては」

当時、頭の中は一種の強迫観念で一杯だった。

だが、

アトピーであれ、それ以外で生じる日常の厄介事であれ、

「~するべき」
「~しなくては」

と言った「べき論」はいつも危険だ。

なぜ「べき論」が危険かと言うと、それは私の経験ではまず柔軟かつダイナミックな思考が遠のき、問題の本質からどんどん離れてしまう危険性をはらんでいる。

ちなみに、今、ある物事に対して

「~すべき」
「~しなくては」

と真剣に考えてみよう。

どうだろう?

一瞬で、「少しだけ」肩に力が入らないだろうか?
そして、「少しだけ」身体全体に力みが生じないだろうか?

問題はこの「少しだけ」である。

結論から言ってしまえば、私はこの「少しだけ」の積み重ねが厄介だと思う。何故なら、いい意味でも悪い意味でも「少しだけ」の積み重ねが大きな結果となるからだ。

考えてみれば、

アトピーを含めた生活習慣病そのものが「少しだけ」の積み重なった結果なのだ。

と同時に、この

「~すべき」
「~しなくては」

は、私達を極端から極端へと、その振幅を増幅させる。

そして、何とかその(~すべき)目標を達成しようと必死になればなるほど、次第に周囲の状況が見えなくなるようになる。

「日本は資源の無い国である」
「よって、何らかの手段で資源を確保しなくてはならない」
「いや、確保すべきである」

「・・・・・」

「これしかない!」

なんて本気で信じたら、本当にそれしか方法は無くなってしまう。

が、真実はそうではない。

自分でアトピーを治す過程を通じて、自分で肩こりを治す過程を通じて、自分で腰痛を治す過程を通じて、私はそう思う。

やり方なんて、いくらでもあるのだ。

「これしかない!」

なんて思って信じ込んだら、あまりと言うか、全然ロクなことなんてない。出口の見えない袋小路に迷い込むだけだ。

ちなみに、今回我家が持参したコーヒーはコンビニで買ったUCC珈琲の紙コップタイプ。チタンでもステンレスでもないが、大自然の中では至福の一杯だった。