アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピーを治すのに特別なことは何も必要ない。

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                                                         岩清水

 

久しぶりに家族で旅行した。本州最南端の潮岬から串本町&古座川周辺をドライブ。で、今回のような一泊旅行をすると、普段の生活の中ではもう思い出すことも無くなったアトピー時代の記憶がふと蘇ることがある。それはもう自分の中では消えてしまっている筈の記憶だが、例えば岩肌を伝って流れ落ちる石清水を見た瞬間、なぜか箱根周辺を家族で旅行した時の記憶が鮮明に呼び起された。

 

当時、私は28歳。アトピーが顔に出て間もない頃だった。あの頃の私は、顔にアトピーが出たことがショックで、何をしていても、どこへ行っても、自分の顔のことばかり気にしていた。私の場合は特に左半分の炎症が酷く、平手で叩かれた後のようにいつも赤く腫れ上がっていた。だから人と話す時は、常に顔の左側が相手に見えないようにしていた。(この癖はアトピーが治った後もしばらく抜けきらなかった。)

 

四六時中自分の自分の顔ばかり気にしていると、何をしても、どこへ行っても『心ここに非ず』の状態になる。で、この『心ここに非ず』の状態では、どこへ行っても目に入る景色や光景は見ていないのと同じことになる。事実、当時の私には海からの潮風を感じることも無く、清流や岩肌を伝う石清水の美しさも感じることはできなかった。

 

『雫の滝』から吹く風は優しかった。石清水から滴る水も優しかった。それを理屈で言えば「マイナスイオンの影響」なのかもしれないが、そんなことより、私はただただ「優しさ」に身を委ねていることが心地よかった。「自分は癒されている・・・」と思った。

 

アトピーだった当時、私はいつも「癒し」を求めていたように思う。で、その「癒し」とは人からの愛情とか優しい言葉と言った類のものだけでなく、とにかく自分が「心地よさ」を得ることができる全部だったのだろう。どうすれば癒されるのか?その答えは実は難しいものではない。対象は何でもよい。例えば通勤中、道端にそっと咲いている花を見た時、その花に笑顔を返せるだけでも少しだけ一体感を得ることができる。少なくともそれは『心ここに非ず』ではない。「一体感」は癒しの原点かもしれない。

 

今、対象は何でもよい。と言ったが、対象はやはり自然や生き物が良いと思う。包丁やナイフを見て微笑みを返すことは難しいだろうし、ポリ袋やごみ箱を見て微笑みを返せるほど修業は積んでいないから。