アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピーにお奨め温泉 NO1

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奈良県十津川村

 

昨日、奈良県十津川村を訪れた。行先は湯泉地温泉の公衆浴場「泉湯」。ちなみに十津川村にはこの温泉の他、十津川温泉と上湯温泉の合計3つ温泉地があるが、すべてが「源泉かけ流し」。「源泉かけ流し」=「よい温泉」とは言わないが、それでもこの村の温泉はすべて手放しでお奨めできる。

中でも、今回訪れた湯泉地温泉の公衆浴場「泉湯」と「滝の湯」はお奨め。泉質は単純硫黄泉で源泉の温度は60℃。一方、ナトリウム炭酸水素塩泉(源泉温度は70℃)の十津川温泉や上湯温泉(源泉温度は85℃)は、これから冬のシーズンがいい。そう言えば「泉湯」は今年4月、出川哲郎が「充電させてもらえませんか?」の番組収録で立ち寄っていた。

ハッキリ言って、私は温泉療法でアトピーが治る(完治する)とは思っていない。一年以上の長期療養ならともかく、2・3日温泉に入ったからと言ってそれでアトピーが治るなんてことはないと思う。それでも私がこの温泉を奨める理由は、少しでもイライラ、ストレスが軽減できればよいと思っているからで、事実、私自身、この大自然の中の露天風呂に入ることで癒されている。

考えてみれば、私達人間は身体や心が病んだ時、自分以外の人間や動物や自然によって癒される存在だが、逆に他の人間から癒しではなくイライラやストレスの種を貰うことも少なくない。そんな時、一番良いのは自然に親しみながら体を動かすこと。そして、そのことに没頭すること。私はこれで危機的な状況を乗り越えてきた気がする。

仕事で行き詰った時、あれだけ考えても出てこなかった答えやヒントが、仕事を離れて自然の中で何かに没頭しているまさにその瞬間、ふっと湧き出たことは多々ある。仕事以外でも、最近は何らかの厄介な問題に直面した場合、大切なのはそれを解決するスキルではなく、むしろその問題との距離感のような気もする。言い換えれば、どんな重大な問題でも距離さえキチンと保てていれば、解決策は自ずと見えてくるもののように思える。

強さとしなやかさ

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散歩道

 

小学校時代の同窓会に参加した。当時、担任だった先生の古希を祝して、男女14名が焼肉のメッカ、大阪市内の鶴橋で合流。楽しい一夜を過ごした。このクラスの同窓会は今までも頻繁に行われていて、自分もかなりの高確率で参加してきた経緯がある。おそらく同窓会なんてものはその場の雰囲気を想像して、自分が「楽しめそう」と思えば参加するし、逆に「楽しめそうもない」と判断すれば参加しない。その程度のものだ。

そんな中、20代後半から30代前半の一時期、私はこのクラス会には参加しなかった。参加すれば楽しいことは分かっていたが、それでも参加しなかった。理由はアトピー。それまで体だけの症状が、顔にまで広がったからだ。当時、アトピーはマスコミでも取り上げられる機会が多くなり、そのせいか世間での認知度も高くなったが、それでも自分のような真っ赤な顔をした重症のアトピー患者の数はまだ少なかった。

同級生達は私がアトピーであることを知らない。従って同窓会に参加すれば当然の流れとして、「.どうしたの?その顔?」となる。当時の私はこの「どうしたの?その顔?」と言うお決まりの質問にはもうウンザリで、とにかく人前に出る行事は全回避だった。そんな自分が今、全く何事も無かったかのように同窓会に参加している。いや、実際、同級生の中でも当時の私を知る人間は限られているし、ましてや当時の私の症状となると、本当のことを知っている人間など皆無だ。

この点に関しては「逆もまた真なり」だ。人間50年以上も生きていると、いろいろな人生模様がある。そのことは同級生達ひとりひとりが各々の歩みの中で背負ってきた(今も背負っている)もので、他人が共有できるものではない。共有できるものではないが、乳がんでステージ3と告知されたM美が5年の経過観察を経て「大丈夫!」と医者から太鼓判を押された話を聞いて思わずハグ。涙が止まらなくなって「ヤバい!」と周囲をこっそり見渡したら、あいつもこいつも泣いていた。

最近思うのだが、人間(特に男)にとって大切なのは「強さ」よりも「しなやかさ」のような気がする。そう言えば誰かが「恐竜は絶滅したがアメーバーは今も生存する」と言っていたが、同級生と話していて感じたことを正直に言うと、それは「強さ」、つまり「強靭さ」は同時に脆さ(もろさ)も兼ね備えていると言うことだ。一見、堅くて強そうな樫の木には衝撃を和らげる性質はない。一方、カナダの常緑樹林(トウヒやマツ)は猛吹雪で枝が厚い氷で覆われる前に枝を垂らす。要するに、避けようの無い力には抵抗せず同調する。

人生で直面するさまざまな厄介な出来事に対して衝撃を吸収せず、抵抗し続けるとどうなるのだろう?過酷な現実を拒み、拒否し続けるとどうなるのだろう?私の場合、理不尽な出来事に対してそれを認めることが「敗北感」へと直結する時もあるが、これは必ずしもそうとは限らないようだ。つまり、猛吹雪の中で大小の枝に積もった雪から身を守るには「強さ」「強靭さ」で対抗するより、枝を垂らすだけの「しなやかさ」の方が理に適っている。

更に言うと、「強さ」にはキリがないと言う点もある。何故なら、対処すべき問題が「強く」て「強靭」であればあるほど、その問題を解決する自分もそれ以上に強くならなければならないが、それは現実的に無理だからだ。要するにキリがない。そして緊張、不安、イライラ、うつ。これらの内面的な葛藤の先には何があるのか?過酷な現実を拒否し続けるなら、自分自身で作り上げた夢の世界に逃避するしかない気がする。

アトピーに悩む20代・30代の男性達へ。
今回のメッセージは、特に君たちに向けて書いた。私は「自分がそうだったから君達もきっとそうだ!」と言うつもりはないのだが、正直、アトピーなんてなんとでもなる。これは本当だ。自分自身を責めることはない。まだまだ人生はこれからだよ。

幸せの源泉

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散歩中に見つけた可愛い花

 

アトピーだった当時、私はよくこんな風に思っていた。「このアトピーさえ無ければ・・」。それはアトピーが治ればバラ色の人生が待ち受けていると言う感じではなく、むしろアトピーが消えた時点がスタート。つまりアトピーが治ることでやっとプラスマイナスゼロの地点に立つことができると。だから私は自分がまだ人生のスタート地点にも立てない人間なのだと。そしてこの傾向はアトピーが顔に出て以降、どんどん強くなっていった。

少し硬い話になるが、私の性格の中には少なからず上記のような傾向があって、それはアトピーに限らず、仕事やプライベイトで何らかの問題が発生した場合、その問題が根本的にスッキリ解決されない限り、それ以外のことは何をやっても心から喜べない、いやむしろ喜んではいけない、みたいな気持ちになってしまう。要するに、ひとつでも気になることがあれば、それ故に心からの幸せはあり得ないと考えてしまうのだ。

もうひとつ。それは「自分の価値」は単に生きているだけでは低く、何かの業績や功績を残さないダメだと考えてしまうこと。だから何かのスキルを身に付けて、技術や能力をアップさせようとしてきた。ちなみに、スキルや技術を身に付けて経験を積むこと自体は悪いことではない。ところが、これだけが全てだと思って生きていると、返って自分を苦しめる結果になることが、今にしてしみじみと分る。

スキルや能力を磨いて業績や功績を残す。これは「料理が得意」とか「国家試験に合格して医者になる」のようなものから、何かの発見をしてノーベル賞を受賞する等さまざまである。その一方「人間の価値」はすべての人に備わっているもので、本来、必要な条件などは全く無い。しかし「アトピーの自分はマイナス」とか「正社員ではない自分には価値がない」とか「結婚できない自分には価値がない」など、自分に価値を感じるためには何かを得なければならないと言うある種の脅迫的な雰囲気は、人をどんどん惨めな方向に導く。

そして「自分は価値の無い(低い)人間だから、誰かに注目して貰うために特別な何かをしなくては」とか「特別な何かを達成することで自分の価値を高めることができる」とか感じだしたら、それはかなり危険な気がする。自分の子供、自分の親、自分の愛する人が、もし事故か何かで生死をさまよう状況に陥ったら、私達はその人達を業績や功績に応じた尺度で測るだろうか?それとも「とにかく生きてくれ!」と、ただそこにいることだけを願うだろうか?

自分は、今のままの自分でいいのだ。そう思えた瞬間、気持ちがスッと楽になる。

苦しみは人生を変える

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近所の公園

 

ある男性がいました。彼は勉強が出来て賢い人、いわゆるエリートタイプの人でした。国立大学を卒業後、一流企業に就職。仕事でも成功して地位も確立しました。その一方、彼はとても行き急ぐせっかちなタイプで、いい意味でも悪い意味でも「熱い人」でした。しかしいつも自分のことばかり考えているせいか、周りの人達は次第に彼には近寄らなくなりました。

そんなある日、彼は脳梗塞で倒れてしまいました。そして身体が麻痺してしまった。優秀で何でも思い通りだった人が、自分の身体の自由を奪われていまったのです。彼はとても苦しみ、その病を受け入れることができなかった。「こんな人生は自分の人生ではない!」と。そして、はじめて他人に頼らなければ生きていけなくなったのです。

彼の心は苦しみで一杯でした。身体も一向に良くなりません。医師や理学療法士の先生のアドバイスに耳を傾けることはありませんでした。彼の心は益々イライラ、ピリピリするばかり。どうしても現実を受け入れることができなかったのです。「何故自分だけがこんな目に!」。相変わらず、彼の心は苦しみに満たされていました。

しかし、しばらく経つとだんだん気持ちが落ち着いてきました。時間が現実を受け入れることを助けてくれました。「早く治りたい!」とばかり思っていたのが、それが叶わないと気付くと、この状態を受け入れるようになってきました。そして病や痛みと一緒にいられるようになり、医師の指示にも素直に従うようになりました。

「自分は賢いから誰のアドバイスも必要ない」と思っていたのが、病になって他人の意見を取り入れることができるようになっていきました。そうなると麻痺の症状も良くなり、歩くことができるようになったのです。この変化は彼の心にまで影響を及ぼします。そして遂に身体もほぼ元通りになったのです。

彼の知人は喜び、またとても驚きました。彼の性格がすっかり変わってしまったからです。心が落ち着き、心が広くなったと感じたのです。以前は誰のアドバイスも聞かなかったのに、今はもういろんな人の声に耳を傾けられるようになりました。自分の事しか考えなかった彼が、とても愛すべき存在になっていきました。人のことを思いやり、自分とは違う他者のことを受け入れる人になったのです。

どうして彼は変わったのか?本当の所は私にも分かりません。しかしながら、私自身も彼と似たような経験があるので、その経験から言うなら、それは「手放すこと」のような気もします。落ち着いて、現実を受け入れること。自分の思い通りにはならない。そう思って手放してみると、少なくとも心の苦しみは無くなります。で、その苦しみの消えた心で実践すると、次は身体が良くなっていく。そんな感じがします。苦しみは人生を変える。いい方向にも、悪い方向にも。

そう言えば、樹木希林さんは「人生は成り行き」みたいなこと言っていたが、自分もそう思うことは多い。出来ることなら自分は「全肯定」の人生を歩んでみたい。

日はまた昇る

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相変わらずアトピーの方々との交流を続けている。中には、今、既にアトピーは消えているが、再発が不安で定期的に連絡を頂く方もいれば、現在進行形でがっつりアトピーと格闘中の人もいる。ご相談頂く方は男女に関係なく年齢もかなり広範囲だが、それでも何となく気になるタイプの人と言うのはいるもので、私の場合、それは20代から30代の男性に多い。多分、それは自分がアトピーでもっとも苦しんだ時期と重なるからだと思う。

A君は、数か月前に直接お会いした30代の男性。昼食を交え5時間ほど話をしたのだが、彼との別れ際、私の正直な印象は「大変なのはこれからかな・・」だった。そんな彼に昨日連絡を入れてみると、やはりと言うか、案の定と言うか、ほぼ私が予想していた通りの展開になっていた。それは分かり易く言うと「引きこもり」の状態で、不安ですっぽり全身を覆われてしまったA君は自信を失い、身動きが取れない状態に陥っていた。

ところで、もしあなたの身内や知人にこのような人がいたら、あなたならどんな風に接するだろうか?私の接し方はこうだ。もし私の身内にこのような人がいたら、その時は「見守る」。また自分の身内以外、例えば友人や知人にこのような人がいたら、その時は「待つ」。ちなみにこの接し方は、自分がA君と同じ経験を持つ者として立場と、その側にいる者としての立場の両方を踏まえてのものだ。

私が思うに、心の中が不安や恐怖で満たされてしまえば、言葉は無意味だ。不安と恐怖で満杯の心には、人の忠告やアドバイスが入るスペースは今はない。しかし生きている限り、その人が自らの人生に終止符を打たない限り、風向きは変わる。舞台は変わるのだ。それは必ずしも劇的ではないかもしれないが、この世は諸行無常。常に移りゆく。変わらないものなど何一つない。

今、この瞬間、A君の心は不安と恐怖で満杯かもしれない。だがそれは見方によってはひとつのプロセスだ。過去の自分がそうであったように、体や心は常に変化していて、いつも同じなんてことはあり得ない。私事で恐縮だが、10代の頃、猛烈に好きになった女性がいて「この人と結婚できないなら死んだ方がマシだ!」と真剣に悩んでいた心は今、「あの人と結婚してたら死ぬほど苦労した。」と感じている。

日はまた昇る。降り止まぬ雨はない。台風19号で大変な目に遇われた方々、被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます。

諸悪の根源は食べ過ぎ

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奈良県十津川村 笹ノ滝

 

ここ数年、定期的に通っている癒しのスポットがある。奈良県十津川村。あまりの秘境さゆえ、これまでほとんど訪れることのなかった土地だが、道路が整備されたこともあり、今では定期的に通っている。とは言え、自宅から3時間。頻繁には行けないが、それでも無性に行きたくなる時がある。

私にとって十津川で一番の魅力は何と言っても「源泉かけ流し」の温泉で、それは単なる「入浴」以上の何かを与えてくれる気がする。癒しのパワーと言うか、生きるエネルギーと言うか、とにかくリフレッシュできるのだ。だから自分のエネルギーが低下した時ほど、行きたくなるのかもしれない。

ところで十津川村と言えば、もしかすると国内でもっともコメの収穫量が少ない地域ではないかと思う。その理由は土地が痩せているからとか、水源が無いからとかそんな理由ではなく、単に耕作地が無いからだろう。これは江戸幕府がこの地域だけにはコメの年貢を免除したことからも明らかだろう。

では、コメの取れない地域で住民は何を食べていたのか?それは一説によると「栃の実」らしい。十津川村では今も栃の木は安易に伐らない習慣が残っているらしいが、それはかってこの木が命を繋ぐ食料としての役割があったかららしい。「栃の実」を食して命を繋いだ十津川村の住人の中に、果たしてアレルギー疾患に苦しむ人はいたのだろうか?露天風呂に浸かりながら、ふと、そんなことを考えてしまう。

私が思うに、アトピーをはじめアレルギー疾患の大半は食べ過ぎだ。それは炭水化物がどうとか、タンパク質がどうとか言う以前の問題で、要するに過剰摂取が問題なのだ。では本来、食事の姿とはどのようなものか?それは「空腹だから食べる」であって、これは医学とか栄養学以前の自然の摂理的なものだ。一方「目の前にご馳走があるから」とか「時間が来たから」食べると言うのは、たまたま今、日本で生活しているがゆえの限定的なものだ。

自然の摂理から外れた食べ物&食べ方を続ければ、自然の摂理から外れたワケの分からない結果(疾患)が身体に生じるのはこれまた自然の摂理だし、「自分が自分が・・」と自己中心的な考え方が過ぎると精神的に異常をきたすのも、同じく自然の摂理のように思える。私が知らず知らずそちらの方向に振れそうになった時、十津川村の住民の方々の素朴な生き方が、ふと私を我に返してくれる。

私が「無農薬」に拘らない理由

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近くの田んぼ

 

収穫の秋。もうすぐ稲刈りが始まる。普段、あまりと言うか、全然気にせず食べているご飯だが、この時期だけはよくコメのことを考える。それは私がまだ30代の頃、約2反(600坪)の土地を借りて、無農薬のコメ作りに挑戦した経験からかもしれない。

ひとくちに「無農薬のコメ作り」と言っても、その方法はいくつかる。一般的に知られているのは「アイガモ農法」だが、私が30代の頃には「ペーパーマルチ農法」と言うものもあって、これは大雑把に言えば、田植え時に田んぼを紙で覆ってしまうやり方だ。アイガモ農法にせよペーパーマルチ農法にせよ、無農薬でコメを作ると言うことは、結局の所、雑草との戦いをどう制するかがポイントになる。

コメ作りに関する限り、私の経験では農薬の散布や追肥より、除草剤を使わないことの方が圧倒的に時間と手間を食う。ちなみに2反の土地でさえ、除草剤を使わずにコメを作るとなると、日の出から日没まで、ひたすら草を取るだけの日常でひと夏が終わる。ちなみに、この労力を計算すると、10㎏あたり1万円で販売しても利益は残らない。その上、収穫量も低い。一般的な農法なら1反あたり約7俵(420㎏)収穫できるコメが、無農薬だとせいぜい5俵程度。これが現実だ。

さらに、もっと切実な問題があって、実はこのような努力をして作ったコメでさえ、本当の意味で「無農薬」かと言えば、本当はそうではない。その理由は単純で、隣の田んぼからモグラの明けた穴から水が浸入すれば、その田んぼはもう厳密な意味で無農薬用の土地ではなくなるからだ。後は良心の葛藤だけになる。自分のコメを「無農薬」として販売するか、それとも「減農薬」として販売するか。どこかの調査団が来て綿密に調べる訳でもない。そこにあるのは自分の良心だけなのだ。

自分がアトピーだった時、私は食べるものに神経質になり過ぎるあまり、「完全無農薬」の野菜やおコメを販売している店のモノしか食べなかった時期がある。で、正直に当時の私の思いを告白すれば、無農薬以外の野菜やコメを作っている農家に対して全くよい印象を持っていなかった。自分は全く野菜やコメなど作った経験もないからこそ、そういう印象を抱いたのだ。

そんな私が「無農薬」と言う言葉を口にしなくなる出来事があった。それはやはり無農薬&化学肥料無しの野菜作りに真剣に取り組む農家の方との出逢いだった。彼には奥さんと8歳になる娘さんがいて、ホウレンソウの収穫が終わった後、家族で東京ディズニーランドへの旅行を計画していたのだが、異常気象の影響か雨が降りやまずホウレンソウの出荷時期が来ても、とても商品として出せる状態ではなかった。

硝酸態窒素、つまり化学肥料を使う選択肢はあった。今ならまだなんとか集荷までに間に合う。しかし化学肥料を使えば「化学肥料なし」ではない。味も落ちる。そのことは誰よりも彼自身が一番よく分かっている。理想と現実。このような現実を知らないまま「無農薬」こそ本物みたいなイメージを抱いていた自分を私は猛烈に恥じた。事実、今の私の野菜を観る基準は、無農薬であるかどうかより鮮度に変わった。

もう少し言うと、今、私達に起こっている奇妙な病気(アトピーを含む)の大半は、無農薬の野菜やコメを食べないことが原因なのではなく、より新鮮な食材を食べなくなったことに起因するような気もする。レトルト食品やインスタント食品が一概に悪いとは思わない。私自身、忙しいお昼にはコンビニのカップ麺とおにぎりで済ませることもある。それでも可能な限り、私は、命ある、生命力あるモノを頂けるならその方が良いと思うのだが、これは知識ではなく、自分が今まで生きてきて本当にそう感じる。

最近は、糖質制限食が普及してお米を食べない人が多いようだが、私は自分の経験上、極端なことはあまりしない方がいいと思っていて、それより「お腹が減ったら食べる」「お腹が減っていないなら食べない」を基本に腹八分目にしておけば、大きな間違いは無いように思う。アトピーを治すにしても同じこと。逆に、ここがしっかりできてもいないのに、コレ以外の何かをしても効果があるようには思えない。

応用は基礎がしっかりしてこそ成り立つもので、それはワールドカップラグビーを観ていても感じた。日本がアイルランドに勝ったのは奇跡ではない気がする。確かに、勝負には時の運もあるだろう。しかしジャパンのメンバーは当たり前のことを当たり前にキチンと実行したからその通りの結果が出た。あの試合を観ていてそう思った。