アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

幸せの源泉

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散歩中に見つけた可愛い花

 

アトピーだった当時、私はよくこんな風に思っていた。「このアトピーさえ無ければ・・」。それはアトピーが治ればバラ色の人生が待ち受けていると言う感じではなく、むしろアトピーが消えた時点がスタート。つまりアトピーが治ることでやっとプラスマイナスゼロの地点に立つことができると。だから私は自分がまだ人生のスタート地点にも立てない人間なのだと。そしてこの傾向はアトピーが顔に出て以降、どんどん強くなっていった。

少し硬い話になるが、私の性格の中には少なからず上記のような傾向があって、それはアトピーに限らず、仕事やプライベイトで何らかの問題が発生した場合、その問題が根本的にスッキリ解決されない限り、それ以外のことは何をやっても心から喜べない、いやむしろ喜んではいけない、みたいな気持ちになってしまう。要するに、ひとつでも気になることがあれば、それ故に心からの幸せはあり得ないと考えてしまうのだ。

もうひとつ。それは「自分の価値」は単に生きているだけでは低く、何かの業績や功績を残さないダメだと考えてしまうこと。だから何かのスキルを身に付けて、技術や能力をアップさせようとしてきた。ちなみに、スキルや技術を身に付けて経験を積むこと自体は悪いことではない。ところが、これだけが全てだと思って生きていると、返って自分を苦しめる結果になることが、今にしてしみじみと分る。

スキルや能力を磨いて業績や功績を残す。これは「料理が得意」とか「国家試験に合格して医者になる」のようなものから、何かの発見をしてノーベル賞を受賞する等さまざまである。その一方「人間の価値」はすべての人に備わっているもので、本来、必要な条件などは全く無い。しかし「アトピーの自分はマイナス」とか「正社員ではない自分には価値がない」とか「結婚できない自分には価値がない」など、自分に価値を感じるためには何かを得なければならないと言うある種の脅迫的な雰囲気は、人をどんどん惨めな方向に導く。

そして「自分は価値の無い(低い)人間だから、誰かに注目して貰うために特別な何かをしなくては」とか「特別な何かを達成することで自分の価値を高めることができる」とか感じだしたら、それはかなり危険な気がする。自分の子供、自分の親、自分の愛する人が、もし事故か何かで生死をさまよう状況に陥ったら、私達はその人達を業績や功績に応じた尺度で測るだろうか?それとも「とにかく生きてくれ!」と、ただそこにいることだけを願うだろうか?

自分は、今のままの自分でいいのだ。そう思えた瞬間、気持ちがスッと楽になる。