アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

私が「無農薬」に拘らない理由

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近くの田んぼ

 

収穫の秋。もうすぐ稲刈りが始まる。普段、あまりと言うか、全然気にせず食べているご飯だが、この時期だけはよくコメのことを考える。それは私がまだ30代の頃、約2反(600坪)の土地を借りて、無農薬のコメ作りに挑戦した経験からかもしれない。

ひとくちに「無農薬のコメ作り」と言っても、その方法はいくつかる。一般的に知られているのは「アイガモ農法」だが、私が30代の頃には「ペーパーマルチ農法」と言うものもあって、これは大雑把に言えば、田植え時に田んぼを紙で覆ってしまうやり方だ。アイガモ農法にせよペーパーマルチ農法にせよ、無農薬でコメを作ると言うことは、結局の所、雑草との戦いをどう制するかがポイントになる。

コメ作りに関する限り、私の経験では農薬の散布や追肥より、除草剤を使わないことの方が圧倒的に時間と手間を食う。ちなみに2反の土地でさえ、除草剤を使わずにコメを作るとなると、日の出から日没まで、ひたすら草を取るだけの日常でひと夏が終わる。ちなみに、この労力を計算すると、10㎏あたり1万円で販売しても利益は残らない。その上、収穫量も低い。一般的な農法なら1反あたり約7俵(420㎏)収穫できるコメが、無農薬だとせいぜい5俵程度。これが現実だ。

さらに、もっと切実な問題があって、実はこのような努力をして作ったコメでさえ、本当の意味で「無農薬」かと言えば、本当はそうではない。その理由は単純で、隣の田んぼからモグラの明けた穴から水が浸入すれば、その田んぼはもう厳密な意味で無農薬用の土地ではなくなるからだ。後は良心の葛藤だけになる。自分のコメを「無農薬」として販売するか、それとも「減農薬」として販売するか。どこかの調査団が来て綿密に調べる訳でもない。そこにあるのは自分の良心だけなのだ。

自分がアトピーだった時、私は食べるものに神経質になり過ぎるあまり、「完全無農薬」の野菜やおコメを販売している店のモノしか食べなかった時期がある。で、正直に当時の私の思いを告白すれば、無農薬以外の野菜やコメを作っている農家に対して全くよい印象を持っていなかった。自分は全く野菜やコメなど作った経験もないからこそ、そういう印象を抱いたのだ。

そんな私が「無農薬」と言う言葉を口にしなくなる出来事があった。それはやはり無農薬&化学肥料無しの野菜作りに真剣に取り組む農家の方との出逢いだった。彼には奥さんと8歳になる娘さんがいて、ホウレンソウの収穫が終わった後、家族で東京ディズニーランドへの旅行を計画していたのだが、異常気象の影響か雨が降りやまずホウレンソウの出荷時期が来ても、とても商品として出せる状態ではなかった。

硝酸態窒素、つまり化学肥料を使う選択肢はあった。今ならまだなんとか集荷までに間に合う。しかし化学肥料を使えば「化学肥料なし」ではない。味も落ちる。そのことは誰よりも彼自身が一番よく分かっている。理想と現実。このような現実を知らないまま「無農薬」こそ本物みたいなイメージを抱いていた自分を私は猛烈に恥じた。事実、今の私の野菜を観る基準は、無農薬であるかどうかより鮮度に変わった。

もう少し言うと、今、私達に起こっている奇妙な病気(アトピーを含む)の大半は、無農薬の野菜やコメを食べないことが原因なのではなく、より新鮮な食材を食べなくなったことに起因するような気もする。レトルト食品やインスタント食品が一概に悪いとは思わない。私自身、忙しいお昼にはコンビニのカップ麺とおにぎりで済ませることもある。それでも可能な限り、私は、命ある、生命力あるモノを頂けるならその方が良いと思うのだが、これは知識ではなく、自分が今まで生きてきて本当にそう感じる。

最近は、糖質制限食が普及してお米を食べない人が多いようだが、私は自分の経験上、極端なことはあまりしない方がいいと思っていて、それより「お腹が減ったら食べる」「お腹が減っていないなら食べない」を基本に腹八分目にしておけば、大きな間違いは無いように思う。アトピーを治すにしても同じこと。逆に、ここがしっかりできてもいないのに、コレ以外の何かをしても効果があるようには思えない。

応用は基礎がしっかりしてこそ成り立つもので、それはワールドカップラグビーを観ていても感じた。日本がアイルランドに勝ったのは奇跡ではない気がする。確かに、勝負には時の運もあるだろう。しかしジャパンのメンバーは当たり前のことを当たり前にキチンと実行したからその通りの結果が出た。あの試合を観ていてそう思った。