アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピー新時代

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大好きな奈良県十津川村の風景

昨日、59回目の誕生日を迎えた。

59歳と言えば、阪本竜馬や西郷隆盛織田信長よりも遥かに年上ではないか。そんな今の自分を振り返ってみると、ふと不思議な気持ちになる。

それは今の自分と10代・20代の自分、或いは30代・40代の自分では違う人物のように思えてしまうこと。身体の変化は分かり易い。(あまり見たくないが・・・)。一方、何かに対する考え方や感じ方、反応の仕方も大きく変化していることに気付く。

世の中は常に変化している。一方、自分も常に変化している。

これが「無常」と言うものか?
これが「無我」と言うものか?

若い頃、「オレはオレ」なんて思っていたが、「オレと呼べる唯一無二の自分」なんてあるのかな?と思う今日この頃である。

さてそんな私ではあるが、人格形成というか、とにかく今の自分を形成している根底には、アトピー時代の出来事や経験が大きく関与しているように思える。

中でも一番強く感じるのは、いわゆる世間的な常識とか価値観に対して「ちょっと待て・・・」と言う感覚がこの当時の経験を通じて芽生えたことだ。

私のアトピー時代。
それは、過去のアトピー常識と価値観が通用しなくなる時代の幕開けだった(ように思う)。

事実、私は自分のアトピーをそれまでの延長戦上にある治療法では治しておらず、それは、ステロイドを使って「運がよけれ治る」的なものとは根本から違っていた。とは言え、私のアトピー以前なら、従来型のステロイドを中心とした治療法でも十分対応できていたし、そもそも私のような成人型のアトピー患者の数自体が少なかったこともまた事実である。

あれから数十年。

その間、ずっとアトピー患者の方々と接してきてみて今、感じることがある。それはアトピーと言う病気の治し方が新たな局面を迎えていると言う点である。

それを大雑把に言うとこんな感じ。

第Ⅰ期(1970年代まで)
アトピー患者がまだ子供中心だった時代。ステロイド外用薬を中心とした治療でそれなりの効果があった。この頃はアトピーより小児喘息の方が数は多かったように思う。

第Ⅱ期間(1970~2010年頃)
成人型アトピーの増加が顕著になった時代。ステロイド一辺倒の治療に限界、マスコミによる「ステロイドバッシング」が勃発。私はこの時代の初期の患者で、いわゆるステロイド皮膚症やリバウンドの経験から、全くステロイドを使わずに自力で完治させた。

第Ⅲ期(2010~現在)
メンタル型アトピー患者の時代。この「メンタル型アトピー」は私の造語だが、要するに、治療には身体的なアプローチだけではなく、同時に精神面からのアプローチが必要となるアトピーパターンで、簡単に言えば患者が抱えている潜在的なメンタルの悩み・苦しみを氷解させる治療が必要で、この点を無視すると快便・快食・快眠さえもままならず、身体的な変化も望めない。

と、このように書くと、お先真っ暗な感じだが、全然そんなことはない。と言うか、ここにはむしろ大きなチャンスが潜んでいる。

今後、このことに関しては順次紹介していきたいと思うが、今回そのヒントを記しておくと、それは「無条件降伏」という言葉がピッタリな感じがする。

そう。「無条件降伏」。

「無条件降伏!?」。
分からないですね?

太平洋戦争で日本が受け入れたポツダム宣言
あれ「無条件降伏」です。で、その後、無条件降伏を受け入れた日本はどうなった?

と言うか、無条件降伏を受け入れなかったら?今頃日本は・・・
そっちの方がヤバかった気もします。

アトピーと言う病気は強靭な精神力だけで立ち向かおうとすると粉砕されます(多分)。で、これに勝とうと思えば、相手以上にこちらが柔軟になる。

そうすれば、アトピーの方から「止めておこう。こんなの相手にするのは・・・」

と言うことで、今回はこの辺りで。