アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピーの「原因」に付いて思うこと

f:id:asuka-atopi:20200510211437j:plain               近くの竜田側


ブログを配信していると、アトピーの原因に付いて質問されることは多い。
で、そのような質問を頂く方の多くは、大抵、こんな風に考えておられるようだ。

原因さえ分かれば、対策は打てる。

確かに、これは間違いではない。と言うか、むしろ真っ当な考え方だ。

事実、私自身、自分がアトピーだった時はこの「原因」を必死で探した。
当時はまだSNSどころか、ネットさえ普及していない時代。普通の学生がアトピーの情報を探そうと思えば、図書館か大きな書店に行くくらいしか選択肢はなかった。

で、この「原因」探しは、社会人になっても延々と続いた。

「自分探しの旅」なんて言えば格好いい話だが、当時、「アトピーの原因探し」を何年も掛けてやっている人間なんて、そうそういないかったのではないかと思う。

で、「結局、アトピーの「原因」は発見できたの?」
そんな風に聞かれれば、答えはノーだ。全然、発見できていない。

アトピーが完治して、全くそのことは気にしなくて済むようになった今でも、私は一般論的な意味でのアトピーの「原因」に付いては明確な答えを持っていない。と言うか、アトピーを治す場合、逆に「原因」なんて知ろうとしない方がいいとさえ感じている。

お断りしておくが、これは医薬品の開発者やその他、医療従事者の方々の努力が無意味だと言っている訳ではない。

そうではなくて、実際、アトピーに苦しむ患者がアトピーを治そうとする場合、あまり「原因究明」に神経質になる必要はないと感じていて、もう少し言うと、私は、この「原因を究明して問題解決に至る」と言う一般的な成功パターンが、アトピー治療に関する限り、かなり成立しにくいと考えている。

さらに言えば、

アトピーの原因なんてものは究明するものではなく、自然と見えてくるものだ。

簡単に説明すると、それはアトピーだけを治す特別な治療ではなく、健康な身体を取り戻す日々の努力を繰返す過程(プロセス)の中で、AさんにはAさんの、BさんにはBさんの、と言った具合に個別の情報として自然と分かるようになるものだ。

これを例えるのは難しいが、強いて言うなら、それは掛け算の九九を暗唱できるようになれば日々の買物で自ずと計算ができるようになるようなもので、自分で使いこなさせる知恵であるが故に、再びアトピーに逆戻り(再発)のリスクからも解放される。

実際、このような例は巷に溢れている。

例えば新型コロナウイルス
原因は未だ究明されておらず、特効薬も開発されていない。

このような状況下にありながら、10万人以上の死者を出しているアメリカと、未だ死者の数がゼロのベトナムの相違点は何だろう?

当然、免疫疾患のアトピー性皮膚炎と感染症である新型コロナウイルスでは、その性質も違う。しかしこの歴然とした数字の違いは、その場に身を置く当事者からすれば、必ずしも原因の究明だけが問題解決の唯一の道ではないことを示唆しているようにも思える。

私が思うに、アトピー感染症より、ずっと自分の努力次第で治せる疾患だ。
胃腸の働きを良くして便通を整える。これが最初の試み。身体的なアプローチはココから始める。甘いモノを控え、食べ過ぎない。

今、何となく思い付いたのだが、そう言えばベトナムの人って、自分が知る限り高齢の方でも太った印象があまりない。一方、アメリカは? う~ん。

私自身の経験で言えば、健康維持の視点からは食べ過ぎは一番良くない気がする。
いや、厳密に言えば、自分の消化能力を超えて食べるのが良くない。

このことは、とても大切な気がする。