アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

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海を撮っていたら・・・

 

このブログに載せる海の写真を撮っていると、知らない間に自分が撮られていた。


今日、海に行った。海に行くのは本当に久しぶりだ。
GW期間中は本当に何処にも行かず、誰とも会わず、ひたすら自粛していた。
身体を動かすのも、愛犬と近所を散歩するだけ。そんな日々の連続だった。

どーしようもなく海に行きたくなることがある。

厳密に言えば、海でなくとも自然に触れることができる場所であれば、それはそれでいいのだが、とにかく非日常的な時間と空間の中に身を置きたくなることがある。私の場合、多分、それは自分と自分の外側にあるものとの関係に少し疲れている時だ。

今まで生きてきて、感じることがある。

それは「自分は今、満たされている」と言う感覚が、必ずしも美味しいモノを食べている時とか、仕事に対する報酬を得た時だけではない。と言うことだ。

もちろん今でも

美味しいモノを食べている時は幸福で、仕事で報酬を得た時は嬉しい。
若い頃、大好きな彼女とのデート中は、幸福の絶頂に昇り着いた気分だった。

ところが、この種の幸福感は長続きしない(しなかった)。

一方、

自分が自分以外のあらゆるモノと一体感を得た時の幸福感はエンドレスのように感じる。

一昨年前のNHK大河ドラマ、「西郷どん」でのワンシーン。

賊軍の扱いを受け、政府軍に追い詰められた西郷軍。
もう勝ち目はない。明日、最終決戦では皆、間違いなく死ぬだろう。

そんな状況下で西郷が放った言葉。

「俺達は最後の士族(武士)だ!」
「俺達が死ぬことで士族(武士)は消える!」
「しかし、そこから(士族が消えることで)また次の日本が始まる!」
「だから悲しくも悔しくもない。」

この西郷の言葉を聞いたひとりの兵士曰く。

「ん?なんか楽しいぞ!」
「不思議なことに・・・ 何か楽しい!」

すると、他の兵士たちも叫びだした。

「おー!確かに楽しい(満たされている!)」
「明日、死ぬのが分かっているのに。満たされている!」

私は、西郷隆盛と言う人物の政治家や軍略人としての手腕はよく分からない。
しかしこのシーンを見る限り、西郷と一緒にいた兵士の気持ちは分かる気がする。

それは、死も無く恐れも無く、あるのは自分と自分以外のモノとの一体感だけ。
そんな風に思うのだ。

話を戻そう。

「今、自分は満たされている!」と感じるのに、何も決戦を前にした兵士と同じ状況を作る必要なない。そんなことまでしなくても、今、身近にいる人や身近にある自然、生き物、そういう自分以外のモノと一体感を得ることで、意外と簡単にこの「今、オレは満たされている・・・」はやってくる。

だが、アトピーだった頃の自分を振り返ると、全く逆のことをしていた気がする。

アイツよりオレ。
アイツ以上にオレ。

こうなると、悪いことにアイツのアラを探すことにエネルギーを使うようになる。と言うか、自分がエネルギッシュであるために、自分以外の外側にあるモノの間違いを探すようになる。

これは疲れる。いや、疲れた。
必要以上のエネルギーを使い、いつもへとへとになる。

「ね?そんなの疲れるでしょ?」

最後の最後、もうアトピーが劇的に悪化して、仕事だけでなく遊びさえも出来なくなった時、そのことを教えてくれたのは、海だった。