アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピーとは一生お付き合い?

f:id:asuka-atopi:20200503201603j:plain

近所の川で鯉のぼり

 

見渡す限り、新型コロナウイルスの話題一辺倒になってきた。
その影響もあってか、私個人としては、最近テレビを観る機会がめっきり減った。

元々、あまりテレビは観る方ではないが、特に最近は「コロナウイルスの情報ならネット&新聞だけで十分だ」と思うようになった。その理由を考えてみると、これはマスコミの報道の仕方によるところが大きいのだが、とにかく「そんなことはどーでもいい」と思える報道が多くてウンザリしているのかもしれない。

例えばパチンコ店。

営業自粛をしないパチンコ店に対して、府や県が名前を公表するのはある意味致し方ない気がする。だが、そのパチンコ店に並ぶ客の行列を上空から映し出し、さらにその客個人に対してインタビュー中継する必要性はあるのだろうか?(ヘリまで飛ばして)

この報道を見て、私はあまり良い気はしなかった。

その理由は「このシチュエーションなら当然そうなるよな・・」の展開を予期して、案の定そうなったからだ。その瞬間「もうこういうのは見たくない」と思った。

私自身パチンコはしないし、ここでパチンコをする人を擁護するつもりはないのだが、そういうこととは別に、この報道を見て嫌な気持ちになったことは事実だ。

新型コロナに関しては色んな人がいろんな話をしているが、私自身は今「誰にも分からないものは誰にも分からない」と思っている。もう少し時間が経てば分かることも、今は分からない。そういうことだ。

そして物事には努力でなんとかなることと、努力だけではどうにもならないこと(人智を超えたこと)のふたつがあるように思う。

このことに関しては頭で考えたり、本を読んだり、勉強したからではなく、直接体験を通じてそう思うのだが、私の場合、アトピーがまさにそうだった。

実を言うと、アトピーを治すプロセスで、私はこの二つの側面を両方同時に体験した。つまり、自分の努力だけでなんとかなることと、自分の努力だけではどーにもならないことの両方だ。

例えば、食事やスキンケア。

これは、自分の努力だけで何とかなる例のひとつ。
いや、何とかなると言うよりは、どーにでもなる。と言った方が良いかも知れない。

一方、環境と時間。

これは、自分の努力だけではどーにもならない。
アレルゲンを除去しようとしても、世の中にある花粉を絶滅させることはできないし、いくら努力しても、人体の細胞が入れ替わるにはそれだけの時間を要する訳で、これを短縮して3日で完治させることは土台無理な話なのだ。

では、アトピーは治らないから、一生お付き合いするしかないのか?

そう聞かれれば、それは全然違う。アトピーは一生お付き合いするような疾患ではない。治るのが当たり前だし、治らないには、やはり治らない理由がある。

私が思うに、アトピーに特効薬はないし、逆にそんなものは必要ない。

当たり前のことを当たり前にキチンと継続する。
これだけで大丈夫なのだ。

何かをして治す。何かをしなければ治らない。
そうではなくて、元々あるもの。元々備わっているモノを引き出す。

このような視点で取組む方が、結果的には良いようだ。