アトピー完治への道 飛鳥旬のブログ

アトピーは治してナンボ

アトピーを治してわかったこと3

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和歌山 すさみ町 雫の滝

 

アトピーを治してから数年後、私は自分の克服体験をホームページで公表した。多分2000年の春頃だったと思うが、当時はまだSNSとかブログなんて無くて、ホームページ作成用のソフトを購入して、週末に自宅でひとり悪戦苦闘していた。

それ後はメルマガ、ブログへと情報発信の手段は広がったが、当時から今も続いていることがある。それは読者の方々との交流で、その中でも直接お会いすることは今も続けている。私には「直接話がしたいのですが・・」と言われる読者の方々の気持ちがよくわかる分だけ、このことは大切にしてきた。

自分がアトピーだった当時、「私はこうしてアトピーを治しました。」と言う人に会いたかった。会って直接話を聞きたかった。そして自分の話も聞いて欲しかった。だが当時、私の前を歩く人はいなかった。いや、いたのかもしれないけれど、まだネットが普及していない時代に、その人の存在を知る術はなかった。

今日、ホームページ読者のAさん(35歳男性)とお会いした。滋賀県大津市から私の地元までお越し頂いたのだが、昼食をご一緒しながら私達は色々な話をした。このスタイルはいつも通りなのだが、色々な話をする中で私はいつも感じることがあって、それは「出会い」の持つ不思議さだ。

私は、「出会い」は人を変える力を持っていると思う。人は人と出会うことによって変わる。事実、読者の方々との出会いの中で、私自身、変わったと思うことは多々ある。

読者の方々が直接私に会いたいと思われる最大の動機は、ご自分のアトピーを治したいからだ。このことはまずハッキリしていて、お話する内容も当然それに沿った流れで進行することになる。一方、私はどうなのか?と言えば、読者の方々からいろんな質問を受ける中で、その質問内容を自分自身の人生に照らし合わせていることが多い。私が「変わった」と感じるのは、この経験が積み重なったからだと思うのだ。

現在、アトピーで悩んでいる人にとってはそれが最大の関心事かもしれないが、アトピーが治った後も人生は続く訳で、当然、そこにはアトピーとは別の問題が次から次へと生じることになる。もし読者の方々との交流が無ければ、私はもっと「自分が自分が」と言ったタイプの人間を加速させていたような気がする。

全体的な話をすれば、過去、私がお会いした方々は総じて傷を負った人達だった。程度の差こそあれ、大半は周囲から叩かれ、自信を失い、途方に暮れている人たちだった。
私自身、アトピーの時は自分を弱者だと感じていて、その弱者ぶりはポジティブ思考なんかで乗り切れるようなものではなかった。口が乾く。呼吸が浅い(酸素が足りない)、一人になるとギャー!と大声で叫びだしたくなる。あの感覚が蘇るのは、まさに読者の方とお会いしている瞬間だ。

私が思うに、人が成長するのは絶対に順風満帆な時ではない。順調でない時、苦しい時どうしようもない時を経て人は大きくなる。これだけは確信している。事実、苦労をしていない人、何かに真剣に打ち込んだ経験の無い人の話は退屈だ。

読者の方々を直接お会いして、私ができるのは自分の経験を話すことしかない。それでも一緒になって可能性を模索することはできる。いや、ことアトピーに関する限り、そんなものはどうにでもなる。人と人が支えあうようになった環境に感謝したい。