起死回生のバックドロップ
本日は雨。
散歩に行けない。いや、行こうと思えば行けるのだが、さすがに気が進まない。愛犬は愛犬で「雨は嫌だー」と目で訴えている。
突然だが、
『起死回生のバックドロップ』をご存じだろうか?
プロレスファンならお馴染みだろうが、プロレスを見ない人でも言葉くらいは聞いたことあるかも。
要するに、「不利な状況を一変させる必殺技」。みたいな感じ。
ちなみに、アトピーを治す場合、こーゆう便利な必殺技はない。
で、こーゆう必殺技的は無いのだが、後から振り返ってみると結果的に「あれは起死回生のバックドロップだったよなー」的な経験なら、実はある。
当時、それは最初から意図的に狙ったものではなく、あくまで結果的に「そうなった」のだが、それが今なら「なるべくしてなった」ことが分かる。
なので今なら、最初からそこだけを狙ってアトピーを治すこともできる。
あれは90年代、私が京都の高雄病院に入院中の出来事だった。
当時の私は「すまし汁断食」と呼ばれる絶食療法に取り組んでいる最中で、あの出来事は入院後12日目に起きた。
あの出来事。つまり「起死回生のバックドロップ」の正体は、オナラである。
ふざけている訳ではない。
その日の昼食(すまし汁+黒砂糖のみ)を済ませてベッドに着いた瞬間、突然、猛烈な勢いでお腹が動き出した。
ゴロゴロ! ポン! パン! ゴロゴロ!
と、次の瞬間、適切な表現が見当たらないほど強烈なオナラが出た。いや、正直、あれは「オナラ」などと呼べレベルの代物ではなかった。
普通、オナラと言えば「ぷー!」とか「ブリっ!」とか、臭いのあるなしは別として、ガスの放出量から言えば所詮その程度のものだろう。
ところが、あの時は全然違っていた。
「ぷー!」とか「ブーッ!」とか、そういう瞬間的なものではなく、とにかく大きな風船の中の空気が一機に抜けるほどの持続力があった。それが延々、1時間も続いた。
「ゴロゴロ」 「ポン!パン!」 「ゴロゴロ」 「ポン!パン!」
「スーーーッ」
「スーーーーーーーーッ!」
「スーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
伝わってます?(コレ、多分、伝わらないと思う・・・)
いまだに、こんな経験はこの時が最初で最後。
で、最初はビックリした。
「なんだ!なんだ!?」
訳が分からない。が、当時の私はまだ30歳。動揺しつつも、恥ずかしくてとてもとても看護婦さんは呼べない。
「個室でよかった・・・」
そう思いながら30分が経過した頃、ようやく状況が見えてきた。
「胃腸が動いている・・・」
少し冷静さを取り戻した。
「そういうことか・・・・」
ちなみに、当時はまだ「リーキーガット」なんて言葉はなく、それどころか、アトピーはまだ「皮膚の病気」的な雰囲気が全盛の時代。
アトピー治療に絶食療法、食養生を取り入れている医療機関も稀だった。
で、ともかく「胃腸が動くのはOK」と分かった途端、今後は笑いが込み上げてきて止まらなくなった。
強烈なオナラを連発させながらベットの上で笑い転げている30歳男性。
多分、他人が見たら(いや身内でも)、かなりシュールな姿だったと思う。
ところが、
この出来事が、「起死回生のバックドロップ」となった。
この日を境に、私の胃腸は動き(働き)始めたのだ。で、事実、その日から私の体は、食べる⇒出る。食べる⇒出るの連続性を持つようになった。
要するに、便通が整ったのだ。
そして4日後。奇跡が起きた。(と、当時は思った。今なら「当然」だが。)
まず、肩の炎症が消えたのだ。
痒みもない。そして赤く腫上った額(左側)の炎症すらマシになった。
「アトピーは皮膚の病気ではない」
そう確信したのはこの瞬間だった。
それまで甲田光雄医師の本とかで理屈的なことは知っていたのだが、やはり実際に経験してみると、それは想像以上の世界だった。
で、次の瞬間、「胃腸の健全化」という言葉がスーッと浮かんできた。
その後、私のアトピーは完治した。
その間、やったことと言えば「胃腸の健全化」からスタートして「快食」「快便」「快眠」のみ。
あれから30年。
この時の経験。それは今年60歳になる今も「実体験」として生きている。
「快食」「快便」「快眠」
食べ過ぎず、飲み過ぎず、そして心地よい便が出ている限り、快眠の条件は整う。そしてこの3つが続くと、人はアトピーにはなれない。なりたくてもなれないのだ。
だから、私はアトピーだけを治す特別な治療を知らない。と言うか、「快食」「快便」「快眠」をすっ飛ばして、特別な何かを追い求める気がしない。
わざわざそんなものを探さなくても、答えは日々の生活の中にある。
そして、それだけで治せることをもう既に多くの人が実証している。
「起死回生のバックドロップ」
それは瞬間的な必殺技ではなく、日々の地道な取り組みの果実だったのだ。
アトピーなんて・・・
久しぶりに日本海へ行った。
観光地も好きだけど、誰もいない海岸を一人で歩くのも好きだ。
「波の音しか聞こえない」状況はたまらなくいい。
ありきたりと言えばありきたりだが、日々の慌しい時間の過ごし方に慣れてしまうと、このありきたりの時間の方が、返って特別に感じてしまう。
海岸を一人で歩いている時の自分。
それは、地位とか名誉とか人の評価とか、そういう価値観から解放されていて、少なくともその瞬間、世間体、世間的評価とは違う世界にいる。
「生命の実物を生きている・・・」
言葉で言うのは難しいが、強いて言えばそんな感じ。
ところが、普段の自分は違う。
普段の私。それは全部が全部でないにせよ、大抵は世間との兼ね合い、世間体、世間的な評価を常に意識しながら生きている。
これは自分の存在価値、存在確認を自分以外の他に見出し、自分とは「そういうもの」と決め込んで生きている姿である。
なので、「生命の実物を生きている・・・」なんて感覚とは真逆の世界。
で、振り返ると、動揺したり悩んだり苦しんだするのは大半(全部かも)、自分以外の他に存在価値を見出した時であることに気付く。
実は、私が「アトピーは自分で治す病気」とか「アトピーは自分にしか治せない」と確信している根拠もこの辺にあって、要はアトピーのような慢性疾患はそれだけをケアする特別な治療法に依存するのではなく、私達が日常生きて行動している中にこそ、その解決策が見出される事実をお伝えしたいのだ。
実際、私自身アトピーだけを治す特別な治療法で完治した訳ではないし、私以外の多くの読者さん達も同じ。決して特別なこと、お金の掛かることはしていない。
もう15年以上前の話。
当時配信していたメルマガでアンケートを取ったことがあって、内容は「毎日快便!夜も熟睡!これでアトピーの方いますか?」の質問だったが、この質問に対して「はい。アトピーです」と答えた方は約12,000人中1名だった。
後にも先にもこの1名(女性30代)を除いて、私の知る限り、便通が良くなり、熟睡できるだけでアトピーは改善している。つまり「治った!」「完治した!」とはいかなくても、「快便」+「快眠」でアトピーは確実に良くなっている。
で、この「快便」と「快眠」の前提条件として「快食」が必須となる訳で、その具体的な方法論も私の中では既に確立されている。
「快食」「快便」「快眠」。
それは「飛鳥流」とか、いかにもその人が独自に開発した印象を与えるものではなく、オーソドックス&ある意味どこにでも紹介されているやり方でいい。
ココでも、特別な方法なんてものはない。
まずは、お腹の調子を整える。
具体的には「少食」を心掛け、甘いモノや添加物を多く含む食品を避ける。その一方でご飯(お米)を中心の食生活を心掛け、小麦粉中心の食事(パン、パスタ、ラーメン等)は控える。
食物繊維の摂取は和食を中心に、キノコ類、ワカメ、昆布、ゴボウ類を積極的に摂取。これに味噌、漬物、納豆等の発酵食品を積極的に摂取(ヨーグルトもOK)。
そして、そして、そして・・・・
メンタル面でのお薦め。
それは「大自然の中に自分をすっぽり委ねてしまう」こと。
自分は海岸を歩くのが好きだけど、露天風呂なんてのも超おススメ。で、大自然にそのまま身を委ねてみて「自分でもいいし、自分でなくてもいいかも・・・」なんて心境がやってくれば、それはもう言葉では言い尽くせない至福の世界。
つまり、「生命の実物を生きているー!」って感じ。
って感じで続けることが大事。
すると、アトピーなんて治るからね~!治るのが当たり前だからね~!
by 飛鳥 旬
ん?
サクラ さくら 桜
多分、今年も中止になる筈であろう町内会のバーベキュー大会。
その件で回覧物をお持ち頂いたSさん(女性、推定30代後半)の顔を見た瞬間、
「ん?」となった。
ちなみに、自分の知っているSさんはアトピーではない。
「・・・・・」
今、自分にはこの国のアトピー事情が大きく変化しているように映る。
その典型例が、今回のSさん。
つまり、今までアトピーとは無縁だった人が30才を過ぎて、いや40歳、50歳を過ぎてから初めてアトピーになる人が必ずしも珍しくなくなってきた。
私がアトピーだった時代、アトピーは「子供の病気」と言われ、成人のアトピー数はごくごく少数派だった。
で、あまりと言うか、全然嬉しくない話だが、その時代にアトピーになった私としてはある意味、Sさんのような方の気持ちが本当に肌を通じて分かる気がする。
結論から言うと、
今回、Sさんとのやり取りは時間にして約1分。雑談は一切なし。Sさんが連絡事項を一機にしゃべりまくって終わり。これは明らかに今までのSさんと違うのだが、その行動の背景にあるのは忙しいとか、時間に追われているとか、そんな理由ではきっとない。
アトピーである。
自分が思うに、アトピーは症状が顔に出た時点から、人生を変えるほどの影響力を持つケースがある。
就職。恋愛。結婚。そして日々の仕事。
私自身、人生の節目節目でアトピーが登場。その度に痛い目に遭ってきた訳だが、それは年齢には関係なく、無いなら無いに越した筈のものなのだ。
「若い時の苦労は買ってもせよ」とか「人生は何事も経験」とかよく言われる。
確かに、そういう一面もあるとは思う。
が、それが「必ずしもそうか?」
と、問われれば。
「必ずしもそうとは思えない・・・。」と感じるのも事実。
と言うか、アトピーで苦労するくらいなら、もっと他の苦労の方がマシと思う自分がいて、更に言うなら、アトピーなんかで苦労するな。とっとと治そう!と思う。
でも、そんな自分ではあるが、Sさんには何も言えなかった。
アトピーのことは無論、それ以外のことも・・・。
今まで多くのアトピーの方々と接してきた。地域なんて関係なく、それこそ日本国中、ネットを通じて、SNSを通じて。
でも、身近に住むご近所さんや職場の知り合い等、そういう人達へ自分の方から直接、アトピーの話題を切り出すことはしない。
それが、自分の流儀。
それが、飛鳥旬の役割なんだ。
満たされてる?
今朝は小雨。
なので散歩は止めて、朝イチは新聞(我家は毎日新聞)を読むことに。
日曜日、私が毎回目を通すのは海原純子さんのコラム「新・心のサプリ」で、今回は「生きててよかった」のタイトルだった。
登場人物は、海原さんの同級生のお医者さん。
で、今回はそのお医者さんがルール違反をした車にぶつけられ、不自由な目に遭われた時のお話で、要するに「巻き込み事故」に遭遇されたのだろう。
普通、私達は自分が何も悪いことをしていないのに、全く見知らぬ人から一方的に迷惑を掛けられたら怒る。そして憤りを覚える。
ところが、このお医者さんの場合はどうも違うらしい。
海原さんが「大丈夫なの?」「大変だったよね?」とメールすると、「生きててよかったよ」「普通はなかなかできない経験したからね」との返信。
そこには怒りも苛立ちもなく、返ってその言葉が海原さんは胸に刺さった。と。
続けて、
「生と死の境のギリギリでこの世界に踏みとどまった人は、精神性が私のような人間とは違う次元にいるのかもしれない」「怒りや恨みはなく、ただ今この時生きているということの大切さに気づいているのだろう」
と感想を述べた後、
「今、自分が生きていることを大事にしてそれに集中してみたい」「そうするところに浮かぶ雑念が消えるはずだ」と結ばれておられる。
ここまで読まれて、皆さんはどう思われるだろうか?
海原さんの同級生(のような方)。
つまり、怒りとか妬みとか、そういう感情が極めて低いタイプの人である。
実際、私もそんな方にお会いしたことがある。また必ずしも数は多くないが、実際にお合いしなくとも、雰囲気からしてそうと確信できる人もいる。
ところで、このようは方々と私のような凡夫との違いとはなんだろう?
このことに関しては以前よく考えた。いや「考えた」と言うより悩んだ。劣等感を感じたからだ。が、今はもうスッキリしている。
で、その理由は海原さんの言うような、
「生と死の境のギリギリでこの世界に踏みとどまった人の精神性が私達とは違う次元にいるから」だろうか?
とは、違う。
私が思うに、そもそも人間としては「海原さんの同級生」も「私」も変わらない。で、「生と死の境のギリギリの世界」とか「精神性の次元」云々なんかも関係ない。
では「何が関係しているのか?」なのだが、私はそれは「世界観」とか「人生観」みないな気がする。
簡単に言えば、突然の交通事故に遭遇するのも人生なら、予期できない不幸な出来事に遭遇するのも人生。楽しいこと。不幸なこと。どちらにどう転んでも、それが自分の人生なのだ。と。
そういう世界観である。
事実、私のアタマは「良い」とか「悪い」とか色々と断していて迷ったりするのだが、私の生命そのものは、そんな私のアタマの「良し悪し」とは全く関係ない。
事実、私の生命は私のアタマが作り出す「良い」「悪い」の世界(虚構)とは全く関係なく、今、そのまま、ありのままで瞬間瞬間を生きている。
だから、アタマに支配されたまま生命を見失った生き方をするか、いつも生命を意識しながら、同時にアタマの世界を支配するか。この違いはある。
右か左か?
そういう極端な話ばかりではないが、これが結構、幸不幸を左右したりする。
ん?
高校野球のニュースを見ていて、アタマの中の「良し悪し」で思い出した。
自分が高校球児だった頃は「練習中に水は飲むな!」が当たり前だった。で、喉が渇いても水が飲めない私は不幸までではないが、正直、辛かった。
で、水がダメな理由は「バテるから」だったと思うが、当時はそれが当たり前なので気の弱い自分はそれに従っていたのだが、今ならそれは自殺行為。
で、今は練習中は水分補給が当たり前らしい。
ひと昔前の「悪い」が今では「良い」典型例だが、そう考えてみると、普段、私達が「好き」「嫌い」と判断している基準も曖昧なものだ。
将来、「昔ね、タワーマンションとかベンツとか高級車に乗っている人のこと、上級国民って言ってたらしいよ~」と言う日が来るかもしれない。
その証拠に自分は今、「刀」や「ちょん髷」が武士の魂とは思わないのだが、十二単を着た平安貴族の女性には一度お目に掛かりたい気もする。
入院中に考えたこと
三寒四温。
多分、これは三日間寒い日が続いた後は暖かい日が四日間続く。つまり「春はもう直ぐ」と言う意味だろうが、実際は昼間暑くて朝夕は寒いから、夏と冬しかないみたい。そんな感じの今日この頃である。
さて、今回は私がアトピーで入院していた時の話。
1991年2月14日、私は京都の高雄病院に入院した。
それは、それまで10年以上使い続けたステロイドを一機に切ったら、強烈なリバウンドを食らった。と言うごく自然な流れの話だが、当時の私はこの必然すぎる流れをイマイチ把握していなかった。
で、そのリバウンドの強烈さは、それまで私が大切にしていたものを全て一瞬で吹き飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。
「終わった・・・」
正直、あの時はそんな風に思った。
「若かった」と、今なら思う。
実際、本当の意味で私が失ったものは何もなく、逆に、その後の私の人生は順風満帆ではないにせよ、少なくともアトピーに関してはもう過去の出来事だ。
ここで言う「本当の意味」とは、「それが無くては生きてはいけないもの」のことで、本当のことを言えば、それはアトピーなんかで失うようなものではない。
「ピンチはチャンスだ!」とか、そーゆうことを言いたい訳ではない。
「ピンチもチャンスもない」
「そんなものはどっちも最初からない」
強いて言うなら、あの時の経験は私にそう投げかけているようだ。
入院中、最初に私がやったこと。
それは「思考を停止する」だった。
これは「やった」と言うより、「そうする他なかった」と言う方が現実に近いのだが、とにかく気付くとロクでもないことばかり考えている自分がいる。で、その思考(妄想)によって自分自身が苦しめられている。これが一日中続くのだ。
「このままでは発狂してしまう・・・」
この仕組みに気付いた時、私は「思考を停止する」ことにした。で、ベットから天井の一点を見詰めながら、ひたすら「考えない」ように努めた。
すると、不思議なことに気付いた。
これは多分、テレビを観るとか誰かとお喋りするとか、そういうやり方の気分転換なら気付けない事実だと思う。
で、この時、私が気付いたこと。
それは、いくら「思考を停止」しようとしても、それは不可能だと言うことで、実際、これを証明するには1分も掛からない。自分でやってみると直ぐ分かる。
今から1分。何も考えず、例えば呼吸に集中するとか、身体のどこかに集中するとか、何かの音だけに集中するとか、なんでも良いので試みてみると分かる筈だ。
できない。筈である。
気が付くと何かを考えている、何かを思考している、何かを妄想している。そんな自分に気付く筈。その思考は過去のことかもしれないし、将来のことかもしれない。単なる妄想の時もある。が、とにかく「思考停止」の状態ではない筈だ。
では、何故そうなってしまうのか?
これをよくよく観察してみると、そこにはそうなる前に必ず映像とかイメージとか雰囲気とか、とにかく思考させる何かが、思考に先立って生じていることに気付く。
「・・・・」
「なんで?・・・・・」
で、妻にも確認した。子供にも確認した。
すると、やっぱり皆同じ。
自分だけでなく、どうも人間は皆、こーゆう仕組みになっているようだ。
この事実に気付いた意味は大きい。とてつもないサプライズである。
何がどう大きくて、何がサプライズなのか?
だってこのことが分かればうつ病とか神経症とか、そーいうメンタル面の病気や疾患、その類のリスクを事前に回避できる術が身に付くではないか!
仕事で嫌なことがあった時、辛い!苦しい!と感じた時、全部自分で対処できる。
やり方?
ひとつひとつの動作に集中する。これだけ。
ご飯を食べる時、お茶碗を持つことに集中。お箸を持つことに集中。ご飯を口に入れることに集中。おかずを口まで運ぶことに集中。
全部これで問題なし。
これで、変な妄想や思考をしていない状態の自分になれる。
実際、これで私は極端な妄想や空想に苦しめられる機会は激減した。
「パニックに陥る」
生きている限り、これは可能な限り避けたい。難しい話ではあるが・・・。
それでも入院中のあの経験が無ければ、多分、私は今でも「パニック」を回避する術を知らないままのような気がする。
もう十分やろ・・・
今日の奈良県は午後から晴天。
ポカポカ陽気に誘われて、妻&愛犬と一緒に近くの公園で昼食。大自然と言わないまでも、こんな近くの公園にある身近な自然と接するだけで、自分もまた自然の一部であることを感じる。
さて、「感じる」で思い出したのだが、私は自分がアトピーになり、アトピーを治したことで、この「感じる」と言うことが、その後の生き方の大きなウエイトを占めるようになった気がする。
感じる。
つまりアトピーを治して以降、私は自分が本当に体験して感じたこと以外は、何かにつけ鵜呑みにしないタイプの人間に変わった。
それは取るに足らないと思われるような些細なことから、身近な所ではこのブログそのものがその典型例。
例えばこのブログで書いているアトピーに関する内容は、どこかのお医者さんが書いておられる内容を、そのまま表現を変えて書き写したものではない。
例えば、リーキーガット(超漏れ症候群)と言うものがある。
これはここ5年程前からよく登場するようになったので、ご存じの方もいる筈。
要するに、腸の粘膜の隙間に穴が開き、アレルギーをはじめとする様々な疾患の原因と考えられているものだ。
このリーキーガット(腸漏れ症候群)、実は私にとっては必ずしも目新しい内容ではない。と言うのも、それはもう40年以上前から甲田光雄医師が唱えておられた内容そのもので、私の年代のアトピー経験者ならお馴染みと言っていい内容だからだ。
で、日本アレルギー学会はこのリーキーガット症候群の診断的有効性を公式に否定しているらしいが、私にとってそれはあまり関心がない。
なぜ関心がないのか?
理由は簡単で、それは実際、自分が体験すれば分かるからだ。
自分がリーキーガットになる生活習慣を一定期間試してみて、それでホントに症状が現れるならそれは半分事実。で、次はリーギーガットを改善する生活習慣を試みて、それでホントに治れば、それは私に関する限りほぼ間違いない事実となる。
体験すれば分かる。
体験しなければ、それは理論の世界どまり。
たったそれだけの話ではないか。
やり方なんて簡単だ。
で、私が実際やったのは、ご飯中心の食生活を小麦中心の食生活に変える。これだけ。具体的にはご飯を止めてパン、パスタなど「グルテン」を多く含む強力粉中心の食事に切り替えた。
これを2か月続けたら、案の定と言うか、予想通りと言うか、左の脇腹辺りの皮膚がカサカサしてきた。で、お腹も膨満感+昼食後の睡魔が半端なくなってきた。
「なるほど・・・」「グルテンと添加物〇〇〇と・・・」
「もう十分やろ」
リーキーガット、と言うか呼び方なんてどうでもいいし、誰が認めようが認めまいが、そんなこともまたどーでもよいのだが、とにかくアトピーは皮膚の病気ではないし、「胃腸を健全化」を最優先に進めば、治るのが当たり前の疾患であることは、もう私自身の中ではとっくにケリがついている。
生々流転。時は流れ、時代は変わる。
それは、「時には大きな変化を余儀なくされる」という意味でもあるだろう。
しかし、私は思うのだ。
変えなくてもいいことを、敢えて変える必要もないだろう。
変える必要がないから変えないだけ。
「胃腸の健全化」
私が、この言葉を使い始めてから今年で21年目。
アトピーは皮膚の病気ではない。アトピーは胃腸の働きを健全化することで治せる。このことは理論や理屈ではなく、元重症のアトピー患者である私自身が文字通り自らの身体を使って得た「体験」なのだ。
しかし、しかし・・・である。
「もうホンマに十分やろ・・・」
アトピーの治し方を検証するような「体験」は、これがもう最後やな・・・。
これからは、釣りとか料理なんかの経験数をもっと増やそう・・・。
クスリに付いて思うコト
職場の雰囲気が怪しくなってきた。
「怪しい」と言っても、事件性のある話ではなく健康に関する話なのだが、最近、体調を崩す人が自分の周囲でも目立ってきた。
尿道結石とか糖尿病とか病名がハッキリしている人がいる一方、検査しても原因が分からず全身的な倦怠感やふらつき、動悸、頭痛などを訴える人もいる。
「眠れない・・・」
2年先輩の男性が昼食時、そう呟いたのは約1か月前。
その先輩が先週、医師から処方された「睡眠導入剤」を「睡眠薬」に切り替えたらしい。
「睡眠導入剤」と「睡眠薬」
その違いを自分はよく知らない。そしてそれが医師の指示なら私がどーこーの言う話でもないのだが、彼の様子が明らかに今までとは違う。で、その様子の違いをひとつひとつ列挙するつもりはないが、注意力・集中力が低下しているのは一目瞭然だ。
このような現実に直面した時、いつも考えさせられることがある。
それは、「クスリ」というものの存在意義だ。
ちなみに私自身、クスリのお世話になるケースは多いタイプである。
「少し熱っぽいかな?」
そう感じた時は直ぐに飲めるよう「葛根湯」は常に鞄の中に入れてあるし、油ぽい食事の後、胃の調子が悪い時にはすかさず「太田胃散」。
で、熱っぽい時は休息を心掛け無理はしない。で、その日はとっとと寝る。胃の調子が悪くなれば、少なくとも2.3日は食事の量を減らす。
と言う具合に、なにか初期症状が出た時には少し用心することにしている。
で、こんな感じで使っている限り、クスリは本当に重宝な存在だと感じる。
ところがところが、だ。
アトピーの時、私のクスリの使い方はこんな風ではなかった。
「かゆい!」
と感じたら、ステロイドを塗る。
これでエブリシングOK! ザッツオール!
「そんなワケないやん…」
と、今なら思うのだが、当時の私はまだ10代。若すぎた・・・。で、これが「地獄の始まり」と言う話は今回さておき、話題をクスリに戻そう。
クスリって・・・
別にそれを使用すること自体は問題ない。と私は思う。
「ステロイドは悪魔の薬!」と叫ばれたのはもうひと昔前の話。ステロイドだろうが、血圧を下げるクスリだろうが基本は同じと思うのだが、大切なのはそのクスリで症状を好転させている間に、根本的な治療に着手することではなかろうか?
血圧が高い。
これは今既に起こっている現実で、この現実に対処するためにクスリは有効だろうが、クスリは高血圧そのものを治している訳では全くない。
なので、クスリで症状を改善させている時間を活用しながら、自分は根本的な治療に着手しなくてはいけないのだ。(時間を稼いでくれるクスリに感謝しながら・・・)
これがクスリの役割であり、同時に限界とも思うのだ。
ステロイドを忌み嫌い、ステロイドを製造している製薬メーカーを爆破したいと考えた当時の私自身の懺悔の意味を込めて。